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2026年10月07日12:30

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「天使」エルンスト・ルビッチ〜描かない・見せないことの映画的な魅力〜

ベルリン生まれのエルンスト・ルビッチは、ドイツで映画を撮り始めて国際的な名声を手に入れ、1922年にアメリカへ渡った。「ルビッチ・タッチ」と言われるルビッチ独特の映像スタイル、軽快な男女の洗練されたコメディは高く評価された。1935年、ナチス・ドイツによってルビッチのドイツ市民権が剥奪され、ルビッチはドイツに残っていた姉たちとその家族、亡き兄の遺児をアメリカに呼び寄せた。そして1937年に撮ったのが本作、マレーネ・ディートリッヒ主演の『天使』(37)だ。

これは大人の映画である。マレーネ・ディートリッヒが神々しいほどに美しい。人工的とも言えるような顔立ち、吸い込まれそうな目の輝き、そしてシックで豪華な衣装の数々。物語は取り立てて珍しいものではない男女の三角関係の話である。ある意味では大きな事件は起きず、三角関係が発覚しているにもかかわらず、動揺や揉め事さえ起きないのだ。コメディ色は抑えられ、男女の大人の恋物語である。表情一つ変えない大人たちの振る舞い。その表面上の大人の振る舞いの底に秘められた、それぞれの心理的葛藤を読み取る映画的な魅力にあふれている。劇的な展開がないことにガッカリせず、描かないこと、見せないことの映画的魅力を堪能してほしい。

高名な英国外交官パーカー卿の夫人マリア(マレーネ・ディートリッヒ)は、夫の出張中、内緒でパリに赴き、旧友のロシア大公妃の怪しげなサロンに顔を出す。そこで出会ったアンソニー(メルヴィン・ダグラス)と食事を付き合うが、名前を訊かれても答えずにそのまま去る。アンソニーはそんな謎の女を「天使」と呼ぶ。
ロンドンの昼食会でパーカー(ハーバート・マーシャル)は旧友アンソニーに会い、彼がパリで出会って夢中になった“天使”の話を聞く。それが自分の妻であるとは知らずに……。
そして、夫妻の邸に招かれたアンソニーは、気まずい会話を交わしながらも、マリアと再会の約束を取り付ける……。

まずはパリでのマリアとアンソニーのデート。食事をともにしながら美しいバイオリンの音楽を聴き、公園のベンチでアンソニーはマリアの素性を知ろうとするが、マリアは何も答えずベンチから姿を消す。アンソニーが花売りの婆さんから菫の花束を買っている間に消えるのだ。映像は花売りの婆さんばかりを映し出し、マリアがいなくなる瞬間を一切見せない。

アンソニーがパーカー邸に招かれ彼の自慢の妻と出会う前、部屋に飾ってある妻の写真の額が映し出される。おそらくその後にアンソニーはその写真を見て、「天使」がパーカーの妻だと知って愕然としたことであろう。そんな場面を一切見せないで、鏡の前で支度するマリアが映し出され、覚悟を決めて部屋を出て階段を下りていく。マリアは夫の友人ホルトン氏がアンソニーであることを知っているのだ。そして扉を開けてアンソニーと対面するのだが、凡庸な監督なら、そこでそれぞれの表情のアップを撮ったことだろう。しかし、ルビッチは二人の男性の背後にカメラを構え、引きの画面のまま、マリアの表情も、アンソニーの表情もハッキリと映さないのだ。平然と表情一つ変えずに初対面のように接する二人。夫を前にして平静を装う二人の表情とやりとり、そしてさり気なく、天使の探りを入れるアンソニー。スリリングだ。

その後の食事場面では、二人の気まずい空気感を一切映像で描くことなく、召使たちの別の部屋での会話でルビッチは表現しているのだ。パンばかりちぎって、肉料理に一切手を付けていないマリアの皿。そして肉を切るだけ切って手を付けなかったアンソニーの皿、きれいに料理を平らげたパーカーの皿を見比べて、「肉が悪いんじゃなくて、アンソニーは肉が嫌いなんだ」と納得する召使たちの会話。クスっと笑えて小粋な演出だ。

そしてパリのデートで二人だけが聴いた音楽をめぐって、それぞれのやり取りがまたサスペンスを高めていく。その音楽の話題を避けようとするマリア。夫が電話で席を外した瞬間に、「驚いたよ」と本心を語るアンソニーに、あくまでの他人のそら似だととぼけるマリアだったが、ピアノで二人の思い出の曲をアンソニーが弾こうとする。そして、「もう二度と弾かない」と言うと、「ありがとう」とマリアは思わず本音で答えてしまう。この微妙な二人の駆け引きの場面は本当に素晴らしい。

さらにラスト、パリのロシア大公妃のサロンに夫のパーカーもやってきて、お互いのことを分かった上で3人が鉢合わせになった場面の部屋や扉の使い方の巧みさも見事だ。パーカーとマリアの夫婦二人の会話があり、天使が妻であることを確かめようと扉を開けるパーカー。「開けたら終わりよ」マリアはパーカーに伝え、今度はアンソニーとマリアの会話があって、「夫に別れを言うのがこんなにい辛いとは」とアンソニーに伝えるマリア。そして最後に、男二人は同じ部屋でマリアを挟んで向かい合う。そして扉から出て行くパーカーの後ろ姿のショットに、マリアがフレームインして一緒に後ろ姿のまま二人で扉を出て行くところで、「The END」。二人の間で揺れるマリアの表情や、最後の望みの言葉をかけて出て行くパーカーの表情、そしてアンソニーの表情のアップなど入れないのだ。パーカーが出て行くときの身振りと、後ろについてきたマリアの動きだけで、彼女の決断と3人の結末を描いて映画を終わらせている。これこそがエレガントでシャレた大人の映画なのだ。


1937年製作/アメリカ/91分
原題または英題:Angel
配給:セントラル映画社

製作/監督:エルンスト・ルビッチ
原作:メルキオール・レングィエル
脚本:サムソン・ラファエルソン、ガイ・ボルトン
撮影:チャールズ・ラング
編集:ウィリアム・シェア
美術:ハンス・ドライアー、ロバート・アッシャー
衣裳:トラヴィス・バントン
音楽監督:ボリス・モロス
音楽:フリードリヒ・ホレンダー
キャスト:マレーネ・ディートリッヒ、ハーバート・マーシャル、メルヴィン・ダグラス
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