見ているうちに、どっかで見たことがあるストーリーだなと思ったら、ジャン・ルノアールの『獣人』(1938)のフリッツ・ラングによる1954年のリメイク作品だった。原作はエミール・ゾラの『獣人 愛と殺人の鉄道物語』という小説で、「疾走する蒸気機関車と人間の抑えきれない残酷な欲望を描いた、自然主義文学の傑作」と言われているものだ。1938年のジャン・ルノワールの『獣人』も素晴らしい作品で、機関士のジャン・ギャバンが自分でも制御できぬ暴力的な衝動を心の内に抱えており、駅長ルボーの妻のシモーヌ・シモンを愛してしまい、夜の線路で夫を殺そうとするも殺すことができず、突然の殺人衝動によって愛するシモーヌ・シモンの首を絞め殺してしまうのだ。そして自ら機関士を務める機関車から飛び降りて死んでしまう暗い結末だった。心の内に抱えた暗い暴力衝動を機関車の疾走する運動として描いている。
人間の欲望(「Human Desire」)というタイトルが付けられている本作は、機関士である主役のジェフ(グレン・フォード)は、朝鮮戦争から帰還した元兵士という設定になっており、ジャン・ギャバンのような精神的な病としての暴力衝動は抱えていない。嫉妬深い操車場長助手カール(ブロデリック・クロフォード)の妻ビッキー(グロリア・グレアム)を愛してしまい、ファム・ファタールであるビッキーは夫のカールを殺すようにジェフを仕向ける。しかしジェフは、カールを殺すことができず、酔って転んだカールを介抱するのだ。ただ、カールがビッキーを繋ぎ止めるために持っていた彼女の手紙を取り戻しただけだった。「こんなの間違っている」と彼女に言い、「戦争で人を殺すのと、酔った無防備な男を殺すのはまったく違う」と言うのだ。そしてジェフはビッキーに別れを告げる。とても真っ当に改心するのだ。ハリウッドの「ヘイズ・コード」が関係していると思われるが、やや拍子抜けの改心だ。そして、「愛する女のために人を殺すのは、夫みたいな男だけね」と言うビッキーの欲望と闇の深さが露わになる。16歳の時から大富豪のオーウェンズに性的虐待を受け、カールと結婚して逃げ出せたと思ったら、カールはオーウェンズに嫉妬して殺してしまった。オーウェンズを誘き出した手紙で自分を束縛したカールを殺して、今度こそ愛するジェフと幸せに暮らせると思っていたビッキー・・・。哀れな女である。ジェフからも愛想をつかされてしまったビッキーは、一人列車に乗って街を出ていく。ジェフは元の機関士に戻り、自分を愛する一途なヴェラ(ダイアン・デライア)と一緒にダンスパーティーに行こうと考える。そしてビッキーは列車の客室で夫のカールに殺されるのだった。
ビッキーを愛するがあまり、愛と欲望と嫉妬で自分を見失ってしまったカール。そして欲望の犠牲者であり、愛に束縛され、邪魔者を排除することでしか愛を得られないと考えてしまったビッキー。そして欲望から自分を見失いかけ、引きづりこまれそうな地獄の手前で踏みとどまったジェフ。それぞれの欲望と暴力、どうにもならない錯綜する人生の運命を、レールの上を走り続ける機関車の運動として描いている。
『復讐は俺に任せろ』(1953)の翌年に作られた本作は、同じグレン・フォードとグロリア・グレアムが主演。グロリア・グレアムはより悪女として描かれている。ジャン・ルノワールの『獣人』では、主役のジャン・ギャバンの暴力衝動が描かれていたが、本作はどちらかというと夫のカール(ブロデリック・クロフォード)の嫉妬の暴力と、男を誘惑するグロリア・グレアムの欲望に重心がある。窓外から聴こえる列車の音、夜の操車場の倉庫での逢引き、そして夜の操車場で酔って歩くカールと彼を殺そうと近づくジェフ、足元のショットや貨物列車の描写など見応えがあった。
1954年製作/91分/アメリカ
原題または英題:Human Desire
監督:フリッツ・ラング
製作:ルイス・J・ラックミル
原作:エミール・ゾラ
脚本:アルフレッド・ヘイズ
撮影:バーネット・ガフィ
音楽:ダニエル・アンフィシアトロフ
キャスト:グレン・フォード、グロリア・グレアム、ブロデリック・クロフォード、エドガー・ブキャナン、ダイアン・デライア
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