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2026年08月12日22:05

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「白パンと独裁者」ファティ・アキン〜干潮と満潮・・・移りゆく価値観の中で求めるべき普遍性〜

トルコからの移民の両親のもとでドイツ・ハンブルグで生まれたファテイ・アキン監督は、国や文化の違いの中で生きる移民家族の葛藤を多く描いてきた。私はわりとファティ・アキン作品が好きで見続けてきた。『そして、私たちは愛に帰る』(2007)、『愛より強く』(2004)、『ソウル・キッチン』(2009)、『消えた声が、その名を呼ぶ』(2014)、『50年後のボクたちは』(2016)、『女は二度決断する』(2017)と見てきたが、本作はこれまでの作品と雰囲気がちょっと違う。壮絶でパワフルな人間たちを描いてきたこれまでの作品と違って、劇的な展開がなく静かなのだ。時代そのものが劇的な転換点の時代ではあるが、あくまでも少年の心に寄り添った美しい島での生活の映画なのだ。

第2次世界大戦末期のドイツ北部のアムルム島が舞台である。自然豊かな島で、ヒトラーを信望する熱狂的な愛国者である母のために、白いパンと蜂蜜とバターを求めて奔走する12歳の少年を描いている。都会を多くの舞台にしてきたファティ・アキンにとって、静謐な島の自然とともに、戦争末期の空気が変わっていく時代の転換点を少年の目線で描いている本作は異色であり、新たな新境地とも言える。アキン監督の恩師であるドイツの俳優・映画監督・作家ハーク・ボームが自らの幼少期の体験をつづった自伝的小説を映画化したもので、ラストで過去を回顧するかのように海を見つめる老人役でハーク・ボーム本人が出ている。

アムルム島の島民たちとこの島に疎開してきた12歳の少年ナニング(ジャスパー・ビラーベック)の間には、少し距離感がある。島の人間からすれば、本土からやって来たよそ者なのだ。アムルム島に家があり、ナニングの祖先はこの地で捕鯨を営んでいたらしく、彼は島の人間だと言い張るが、しょせんはハンブルグ生まれのよそ者なのだ。農地で働きながら家族の生計を支えるナニング。上空を不穏な音とともに爆撃機の編隊がやって来る。そんな空の下、東プロイセンなどの東方や本土各地からドイツ避難民たちがこの島にやって来る。農場主の女性が「もうすぐ戦争も終わる」と呟く。

その女性の言葉からナニングが食卓で、「戦争が終わったら、お父さんは帰ってくるの?」と問う。すると母親のヒレ(ローラ・トンケ)が凄い形相で、「戦争が終わると誰が言ったの?」と厳しく問い質す。「戦争が終わる」なんて軽々しく発言するのは、愛国心に欠ける問題発言だと言うのだ。そして農場主の女性のことを密告する。ナニングの父はナチス高官であり、身重の母はヒトラーの信奉者、ナニングもナチ党の少年団に属しているのだ。

ヒトラーの死を告げたラジオ放送にショックを受けて破水する母のヒレ。無事に赤ちゃんは生まれたが、ヒレはヒトラー死後、食事を採ろうとしない。そんな母が食べたいと言っていた白パンと蜂蜜とバターを手に入れるために、ナニングは走り回る。ウサギを捕まえて解体したり、アザラシの真似をさせられアザラシ猟に協力させられたり、避難してきた子供たちに手に入れたモノを奪われたり、ナニングの島での冒険と成長の物語が描かれていく。なかでも隣りの島の愛国者の叔父さんから砂糖をわけてもらい、潮が満ちた海で溺れそうになる場面は印象的だ。干潮時に渡れた干潟が満潮時では渡れなくなるのだ。溺れそうになりながら必死で砂糖が濡れないように手を挙げて海を渡るナニング。さらに自殺した叔父さんの家から持ち帰ったバターを難民の子どもたちに奪われそうになって逃げているうちに、その子供が海に溺れそうになるのをナニングが助ける場面がある。海の潮の満ち引きは、その時の時代の移り変わりを象徴しているようでもある。ナチスの時代とナチスが滅んだ時代。静かな小さな島でも空気はガラッと変わる。それでも変わらないことはある。猟をしたり、ウサギの腹を割いたり、勇気を持ってナイフを使うこと、人間が生きていくためにすることは変わらない。そしてどんな状況でも、目の前で人が溺れそうになっていたら、勇気を持って助けること。仲間でも、たとえ仲間じゃなくても・・・。母親が正しき人か、そうでないのか、倫理や価値観は時代や状況によっても変わってゆく。アメリカに渡った叔父さんのユダヤ人の恋人を助けなかった母。戦争が終わって、肉屋からハムを盗む母の姿が象徴的だ。それでも、母のために必死で奔走した少年の心情はかけがえのないものだし、ラストに命を助けた難民の少女からもらったネックレスは、ナニングがドイツに戻って生きていく上で、大きな支えになったことだろう。ナニングが友に貸した本が「白鯨」であるのも、象徴的だ。帰属する国や権力者(ヒトラー=エイハブ船長)の価値観よりも、追い求めるべき普遍的なものはあるのだ。


2025年製作/93分/G/ドイツ
原題または英題:Amrum
配給:ビターズ・エンド

監督:ファティ・アキン
製作:ファティ・アキン、ヘルマン・バイゲル
脚本:ハーク・ボーム、ファティ・アキン
撮影:カール・ウォルター・リンデンローブ
美術:セス・ターナー
衣装:ブリギット・ミサール
編集:アンドリュー・バード
音楽:ハインバッハ
キャスト:ジャスパー・ビラーベック、ローラ・トンケ、ザ・ハークマイスター、キアン・ケップケ、ダイアン・クルーガー、デトレフ・ブック、ラース・イェッセン、ジャン・ゲオルグ・シュッテ、マティアス・シュバイクホファー、リタ・フェルドマイヤー、ジーメン・リューハーク、トニー・カナル、ポリ・ロイナー、チャード・ニッセン、マヨラ・リヒター、モーテン・ボー・ハイネ、ベルント・モス、マレク・ハーロフ、マックス・ホップ、ヨリッド・ルカチック、トーマス・パーキンス、ディルク・ブーリン、ステッフェン・ウィンク、ハーク・ボーム
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