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2026年08月10日16:24

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「素晴しき放浪者」ジャン・ルノワール〜川に二度転落して描かれる死と再生の人間風刺〜

ジャン・ルノワールは、やっぱり凄い。倫理と自然、社会の秩序と自然の欲望、その狭間で生きている人間そのものの矛盾を戯画化するような傑作だ。『ゲームの規則』(1939)も上流階級の不道徳的な空騒ぎを描いた傑作だが、本作も自由気ままな放浪者が上流社会で暮らすことによって人間風刺の効いたコメディになっている。

ジャン・ルノワールは川を映画に取り込む。多くのフランスの映画監督がセーヌ川を描いてきたように、この映画は「川」の映画である。ジャン・ヴィゴの『アタラント号』(1934)とともにセーヌ川を描いた映画の原点であろう。川とともに始まり、死にかけ、川とともに再生する。川(河)は、「死と再生」であり、「人生そのもの」であり、「移ろう時間」であり、「自然と世界の美しさ」であり、「欲望の解放の場」であり、「死との境界」でもある。ジャン・ルノワール作品で、『ピクニック』(1936)ではまるで絵画のような川辺の美しさを描いていたし、『獣人』(1938)では、川辺に裸足を浸していた美しき女性が男の欲望を掻き立てる。『草の上の昼食』(1959)では、川辺の自然の美しさとともに人間の欲望を解放するような自由な振る舞いが描かれたし、『河』(1951)は、インドのガンジス流域で暮らす家族の大河のような時間と命の循環が描かれた。そして本作は、川辺で自由気ままに生きていた放浪者が、川に飛び込んで自殺しようとしていたのに助けられ、裕福な家族の中で社会や秩序の中で違和感を感じつつ、傍若無人な反倫理的、反秩序的な自由な振る舞いをする中で、さまざまな軋轢や欲望の風を巻き起こし、そして宝くじを当てて若い娘と結婚して幸せになるのかと思いきや、再び川に落ちて元の放浪者に戻る物語だ。

『牝犬』(1931)に出ていたミシェル・シモンが再び主演している。本作は『牝犬』の翌年に撮られた作品だ。何を考えているのか分からないミシェル・シモンの魅力が存分に発揮されている。気ままな放浪生活をしている髭モジャモジャのブデュ(ミシェル・シモン)だったが、可愛がっていたクロという犬がそばからいなくなる。周りの人たちに聞いても相手にしてもらえない。ところが金持ちの貴婦人が1万フランもした飼い犬がいなくなって探していると、警官たちも協力して必死で探す。そんな社会の皮肉が描かれる。ブデュは親子に食べるものに困っている放浪者として金を恵んでもらうのだが、「なぜお金を?」と子供に聞く。そして、車から降りてきた紳士からチップをもらおうとドアを開けるが、紳士がチップが見当たらないと分かると、もらった金を渡して「パンでも買え」と言って去っていく。そんな風変わりな放浪者ブデュは、誰にも媚びずに一人で生きていた。ところが愛犬を失った悲しみからか、セーヌ川に飛び込み自殺を試みる。そんなブデュを川に飛び込んで助けた酔狂な金持ちがレスタンゴワ(シャルル・グランバル)。書店主で、貧しい学生に本を譲ったりする善人。望遠鏡で街行く人たちを覗いていて、橋から川に飛び込んだブデュを助ける。パリの街のロケ撮影が当時としては画期的なことだったのだろう。橋に大勢のエキストラの見物客を映し出し、セーヌを渡る遊覧船や運搬船、ボートも登場させ、救出劇を生々しくロケ撮影によって描いている。

レスタンゴワは、ブデュの命を救った責任から彼を家に居候させる。ところがブデュは感謝の気持ちを一切示さず、傍若無人な勝手な振る舞いで、レスタンゴワの奥さん(マルセル・エニア)や女中のアンリ(セブリース・レルシンスカ)を怒らせる。アンリとレスタンゴワは愛人関係で、夜毎に彼女の部屋へと忍んでいたレスタンゴワだったが、ブデュを居候させてから部屋に通えなくなっていた。自然の中で気ままに生きてきたブデュは、金持ちの倫理的な生活がなじめない。あたりかまわず床に唾を吐き、レスタンゴワのバルザックの愛書にも唾を吐いて彼を怒らせる。靴磨きで部屋中を汚し、物を散乱させ、もう同居に我慢できなくなる。しかも、アンリにも奥さんにもキスを迫り、欲望の赴くままに振る舞う。まさに社会不適合な動物のような野蛮な振る舞いだ。ところが、そんなブデュの強引な口説きを、奥さんが受け入れてしまうのだ。この展開が凄い。倫理的に振る舞っていたはずの上流社会の人間たちの欲望。床屋に行って髭を剃ったブリュを家から追い出そうとする奥さんだったが、胸のホクロを触ろうとちょっかいを出してくるブリュに抱きすくめられるのだった。それを壁に掛けてあるラッパを吹く少年の絵を映して、楽隊がパレード行進して音楽が路上に鳴り響く。賑やかな街のパレードを映すことで、その裏で起きている人間の欲望を表現する。ルノワールは、『牝犬』でも殺人シーンを路上ミュージシャンの音楽とともに描いて表現していた。本作でもフルートの音色や手回しオルガンの音楽が、登場人物たちの心理を巧みに誘導する。そして、ブデュを救ったことでレスタンゴワは勲章をもらい、ブデュは宝くじが当たり金持ちになって、女中のアンリと結婚。みんなで川へボートで繰り出したところで、ボートは沈没。ブリュは川を一人泳ぎ、元の生活である放浪者に戻るのだった。

家の中のセットは、奥行きを使った縦構図の手前の扉と奥の部屋を見せる扉のフレームショットや、そんな奥行きのあるショットからカメラが横移動して、今度は窓枠へのドリーイン。そして窓の向こうの中庭を隔てたもう一つの窓が見えるショットなど、工夫された映像を見ることができる。しかし何よりも本作は、川のロケ撮影が素晴らしい。冒頭のパリのセーヌ川と街の風景、そしてラストのウェディングドレスとタキシードのカップルとボート。そしてボートの横転と川に投げ出される人々。川と欲望と音楽。社会的成功だけが幸せなのではない。社会の倫理や秩序に縛られず、自由気ままに生きる生活もまた、一つの生き方であることを批評的描いている。


1932年製作/フランス
原題または英題:Boudu Sauve des Eaux
配給:フランス映画社

監督・脚本:ジャン・ルノワール
原作:ルネ・フォーショア
製作:ミシェル・シモン
撮影:マルセル・リュシアン
音楽:ラファエル ヨハン・シュトラウス2世
助監督:ジャック・ベッケル、ジョルジュ・ダルヌー
キャスト:ミシェル・シモン、シャルル・グランバル、マルセル・エニア、セブリース・レルシンスカ、ジャン・ダステ、ジャック・ベッケル、マックス・ダルバン
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