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2026年07月28日11:10

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「救命艇」アルフレッド・ヒッチコック〜戦時下の密室空間での心理サスペンス劇〜

ヒッチコックは『バルカン超特急』(1938)で、移動する列車に中で繰り広げられる見事な密室ミステリー・サスペンス劇を構築したのに続いて、この映画は戦争中に海で漂流する小さなボート、救命艇の中で展開される男女8人の心理劇を描いた密室サスペンス劇だ。いずれも群像劇として、見事にそれぞれのキャラクターを作り上げている。小さな限られた救命艇という空間だけで展開する心理劇だ。スタジオセットで巨大タンクに浮かべる救命艇を作り、海や船を合成しながら、ボートの中だけで生死を賭けて生きようとする過酷な96分の人間ドラマを作り上げたのだ。いつものスパイが出てきて事件に巻き込まれるようなサスペンスとは違い、戦争そのものの過酷さ、ドキュメンタリーのような生々しく演劇的な息詰まる人間ドラマを描いて見せた。『間違えられた男』(1956)にも通じるようなヒッチコックの生々しい異色作である。ジョン・スタインベックの原作をもとにジョー・スワーリングが脚色、第二次世界大戦下のアメリカで1944年製作された。いつものヒッチコックのカメオ出演は、ここではエキストラが出る場面がないので、男が持っていた新聞のやせ薬広告にヒッチコックの写真が出ている。

第二次世界大戦下、イギリスに向かう客船がドイツ軍のUボートの攻撃を受け沈没する。船から逃れた男女数名は、1隻の救命艇に乗り合わせる。最初は、着飾った貴婦人が一人救命艇にいる。およそ遭難者には見えない衣装とメイクと豪華なブレスレットを身につけている。客船から余裕を持って水にも濡れずに避難したということか。その貴婦人はジャーナリストのコニー(タルーラ・バンクヘッド)で、16ミリカメラで沈没の様子を記録し、タイプライターで遭難の記録を書いたりしていたが、それもすぐに水没させて失ってしまう。救命艇には次々と遭難者が引き上げられ、全部で9人。赤ちゃんを抱いて救出された女性は、赤ちゃんが死んでいることを知ると精神的におかしくなり、海に身を投げてしまう。その後は8人で物語が進行する。その中にドイツ軍のUボートの乗組員ウィリー(ウォルター・スレザック)がいた。敵のドイツ人である彼をすぐに殺すか、捕虜として扱うべきか言い合いになるが、海の知識もあり、役に立ちそうなのでそのまま乗船させる。

遭難者の一人ガス(ウィリアム・ベンディックス)が足に大怪我を負っていて、切断しないと命の危険があることが分かる。ドイツ人のウィリーは医者であり、足の切断手術を船の上でやる。ブランデーを飲ませて麻酔代わりにして、切断手術はなんとか成功。最初は水も食糧も、救出されるまで持つぐらいの量があったのだが、途中で大きなシケに遭遇し、水も食糧も流されてしまう。嵐で帆を張ったマストも倒れ、手でオールを漕ぐしか進む手段がなくなる。ウィリーは率先してオールを漕ぎ、船長のようにみんなを統率する役割を担っていく。しかし秘かにコンパスを隠し持っていて、救出の可能性があるバミューダー海峡ではなく、ドイツの補給船がいる方向へと船を向かわせていた。

しかし、ウィリーが隠し持っていたコンパスがみんなにバレて、しかもドイツ語しか話せないと思っていたら、英語も理解し話せることが分かった。ウィリーは用心深く、話せないフリをしてまわりを観察していたのだ。しかも、自分だけ水を確保し、栄養剤も持っていた。足を切断したガスが、ウィリーが水を隠し持っていたことを見つけ言い立てるが、疲労困憊でみんなが眠っている間に、ガスはウィリーに海に突き落とされてしまう。ガスの不在に気づいたみんなは、ウィリーの正体を知り、みんなで彼を海へと突き落とす。その暴力に加わらなかった黒人もいる。

救命艇で生き残りを賭けたサバイバルものというよりも、みんながお互いに疑心暗鬼になりながらの探り合いの心理サスペンスになっている。だれが船長になるかと争いがあったり、カードゲームで賭けをしてイカサマがあったり、金持ちと貧乏な人間たちとの軋轢や、生き延びられたら結婚しようと約束するカップルが生まれたり、8人のそれぞれの心理ドラマが描かれる。

ラストはウィリーの策略通りドイツ補給船が目の前に現われ、救命艇は助けられるかと思いきや、味方の攻撃が突如始まり、そのドイツの補給船も沈没してしまう。味方の救助を待っていると、沈没した補給船から逃れた若いドイツ兵が1人、その救命ボートによじ上って来るのだ。再び、どうする?とみんなは迷うのだった。

戦時下で、敵のドイツ人を擁護するような映画とも言われ、批判もされたらしい。戦争の混乱下での密室の人間ドラマを冷静に実験的に撮ったヒッチコックはやはり凄いと思う。


1944年製作/96分/アメリカ
原題または英題:Lifeboat

監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:アルフレッド・ヒッチコック、ケネス・マッゴーワン
原作:ジョン・スタインベック
脚本:ジョー・スワーリング
撮影:グレン・マックウィリアムズ
編集:ドロシー・スペンサー
音楽:ヒューゴ・フリードホーファー
キャスト:タルーラ・バンクヘッド、ウィリアム・ベンディックス、ウォルター・スレザック、メアリー・アンダーソン、ジョン・ホディアク、ヘンリー・ハル、ヘザー・エンジェル、ヒューム・クローニン、カナダ・リー
☆☆☆☆4
写真引用コピーライトブレーントラスト
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