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2026年03月18日20:03

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「ポーラX」レオス・カラックス〜白と光の世界をぶち壊すために〜

『ボーイ・ミーツ・ガール』、『汚れた血』、『ポンヌフの恋人』という「アレックス3部作」を完結させたレオス・カラックスが、8年もの沈黙後にようやく発表したのが本作『ポーラX』だ。未見だったので今回の4Kレストア版を劇場鑑賞。

なんとも破滅的な映画だ。前半と後半がまったく違う映画になっている。分かりやすく明確に光と白の世界と闇と黒の世界がハッキリと分けられている。前半のノルマンディー地方の緑豊かな閑静な場所に立つ城のような豪華な屋敷。明るい光と緑の芝生、散水栓から水がいつも吹き出ている。そこに住む登場人物たちは、白を基調にした清潔なシャツや服を身に纏い、金髪の美しい髪を持ち、裕福な生活をしている。主役のピエール(ギョーム・ドパルデュー)は白いバイクを疾走させて恋人の屋敷へ行き、ベッドに裸で潜り込み愛を交わす。人気の謎の覆面作家でもあるらしい。恋人リシュー(デルフィーヌ・シェイヨー)とは結婚間近で、リシューが庭で白い美しい花嫁衣装を作っている場面もある。ピエールが姉と呼ぶ母親のマリー(カトリーヌ・ドヌーーヴ)との関係も恋人たちのように仲が良い。従兄弟のティボー(ローラン・リュカ)が帰ってきてピエールと再会。リシューを含めた3人は、三角関係にもあった特別に仲のいい3人だった。ティボーとカフェで話しているときに、浮浪者のような女がピエールの様子を伺っていた。イザベル(カテリーナ・ゴルベワ)という黒髪に黒い服の痩せこけた貧相な女。彼女がピエールの前に登場することによって、映画はガラリと変わっていく。ピエールは彼女を追いかけてバイク事故を起こし怪我をする。また、森の中で再びイザベルと出会うのだが、そこでもバイクは倒れて破損する。白いバイクは父親の形見なのだという。イザベルとの出会いは禍々しい不吉な予兆か・・・。父がその出会いを止めようとしているのか・・・。

二人が出会う森から画面が暗い。映像の色調がガラッと変わる。なんでも光が美しい前半の35mmのカメラから16mmカメラに変えているそうだ。出会う前に、ポールがリシューに結婚の日程を告げるためにバイクで高く上に昇る橋を渡る印象的なショットがある。あれこそ、光の世界から闇の世界へ渡る境界の橋だったのかもしれない。森の中で走るイザベルと追いかけるピエール。カラックス映画での疾走はいつでも全速力だ。そしてイザベルは「あなたの姉(異母姉)だ」と東欧訛りのたどたどしいフランス語で自分の生い立ちを語る。そんな彼女をカメラは長回しで映し続ける。イザベルは著名な外交官ジョルジュ・ヴァロンブルースであるピエールの父が東欧で生ませた子供であり、戦争と貧しい生活で家を失い逃げてきた過去を語る。

オープニングに「この世の箍(たが)が外れてしまった。何ということだ。それを直さねばならないとは!」という文章が映し出され、爆撃機が地上の墓を爆弾で破壊し尽くす戦争の映像が映し出される。この映像と文章を見たときに、「箍が外れたのは、まさに今の時代ではないか!」と思えたりしたのだが、レオス・カラックスにおいてこの映画を作った当時、大きな秩序や価値観が崩れていくような、世界が壊れていくような何かを感じていたのだろう。ユーゴ内戦やボスニア紛争が関係しているのかもしれない。本作はカラックスがこれまで描いてきた社会からはじき出されていくような孤独な男女の激しい愛だけではなく、取り巻く世界が大きく崩れていくような、闇に向かっていくような破滅的な空気を描こうとしている。それが映画の後半に描かれる黒とダークな色調の世界だ。城にあった壁に塗り込められた部屋の扉をピエールが破壊しても、そこには何もなかったように、光に満ちた世界は空虚な世界になっていく。父の隠された過去、ヴァロンブルース一族の秘密。

ポールとイザベル、そしてイザベルの連れである難民の母と娘はパリに行くが、タクシー運転手にもホテルでも彼女たちは忌み嫌われる。そしてパリの薄暗い移民街の場末のホテルに辿り着く。しかし、難民の子供が路地で殴られ死んでしまう。さらにピエールたちは、廃墟のような工場にやって来る。ここにいるのは反政府ゲリラのような過激派組織で、打楽器を電子的に打ち鳴らす破壊的なロックを演奏する奇妙な集団だ。黒い犬たちが吠え、武器が作られ、射撃訓練も行なう闇の世界の住人たち。まさに「この世の外」「異界」にピエールは迷い込むのだ。破壊と暴力と混沌。ピエールの小説もまた狂気を彷徨い、マルグリット・デュラス似の編集者マルグリット(パタシュー)が指摘するように、混乱したものになっていく。マルグリットはピエールに忠告する。「時代に恨みを抱けば必ず時代に罰せられる」と。血の川を流れるような地獄のようなイメージ映像も出てくる。その闇の中では、イザベルが本当の姉だとしたら近親相姦とも言える禁断の激しいセックス描写がある。ピエールの自己破壊的なセックス。そんな廃墟の異界にリシューもまた迷い込んでくる。しかし注目すべきなのは、リシューは最後まで白い服のままなのである。黒の世界に染まることのないリシューは、闇のなかでも自分であり続け、この世界で生き残る。

ピエールの小説の描写にも出てくる不思議な形をした丘の上の巨大な岩の下に、ピエールが入り込む場面がある。押し潰されるかもしれない巨大の岩に自ら入り込むように、ピエールはこれまでの光に満ちた世界を捨て、屋敷も遺産相続も拒否し、薄暗い闇の世界へと自ら入り込んでいった。それがなぜなのかは、分かりにくい。ピエールはなぜ婚約者リシューや幸福な生活を捨て、イザベルと闇の世界を彷徨うのか。なぜそれほど、突然イザベルにこだわるのか?外交官である父が築いてきた富や栄光、光の世界を否定し、ブチ壊したくなったのだろう。彼が描いた小説はまさに「光の中で」だった。その続編を書こうとしていたピエールは、「真実の闇の世界」をイザベルを通じて垣間見て、まったく別のものを書き始める。光の世界が、東欧の闇と戦争、暴力の世界の上に成り立っていたことをイザベルとの出会いを通じてピエールは知った。そしてリシューの弟や従兄弟のティボーたちの世界を否定していくのだ。イザベルと行動をともにしていた難民の親子の描かれ方は中途半端な感じがしたが、そういう社会性もカラックスは描きたかったのだろう。

母親のマリーが落ちたメイクで黒い涙を流し、夜の森の中をバイクで疾走し、事故死する場面がなかなか壮絶だ。母親マリーのピエールへの愛もどこか倒錯的だった。最後にピエールはティボーを撃ち殺し、ガラスが粉々に砕け、書きためた原稿が路上に散乱する。これまで生きてきた光輝く世界が欺瞞に満ちたものであったことを暴くように、ピエールは破滅的な行動をとる。

廃工場を拠点とする破壊的なロックとゲリラ集団が興味深い。カラックスが後に撮った『ホリー・モーターズ』(2012)でも廃墟になったホテルの屋上が出てくる。本作で廃墟の工場の階段が何度か映し出される。破壊的なロックを演奏するメンバーたちは、上にいる指揮をするボスをみんなで下から見上げている。闇の世界でも序列がしっかりあるのだ。廃墟のような場所で、ピエールは小説を書いていた高みの個室から階段を駆け下り、ボスを突き倒して武器を奪い、ティボーのもとへと車を走らせる。白いバイクを疾走させて橋を渡ったピエールは、最後はボロボロのバンを走らせて破滅へと向かう。イザベルもまた死へぶつかっていく。そして護送されていくピエールの脳裏に、あの暗い森の木々が浮かんでくる。

なんとも言いようのない破滅的な終わり方だ。言うまでもなく白と光の世界と黒と闇の世界は、二分法のようにクッキリ分けられるものではない。光の中に闇があるし、闇の中に光がある。それをあえて二つの世界に分けて見せたこの作品は、虚妄の光の世界を一度破壊する必要があったのだろう。カラックスが自ら作り上げてきた自分の世界から抜け出すために。美しい映画ではないが、自らの転換期となるカラックスにとっては、必要な映画だったのだろう。


1999年製作/134分/フランス・ドイツ・日本・スイス合作
原題または英題:Pola X
配給:ユーロスペース

監督:レオス・カラックス
製作:ブリュノ・ペズリー
共同製作:カール・バウムガルトナー、堀越謙三、ルート・バルトブルガー
原作:ハーマン・メルビル
脚本:レオス・カラックス、ジャン=ポール・ファルゴー、ローラン・セドフスキー
撮影:エリック・ゴーティエ
美術:ロラン・アレール
衣装:エステル・バルツ
編集:ネリー・ケティエ
音楽:スコット・ウォーカー
キャスト:ギヨーム・ドパルデュー、カテリーナ・ゴルベワ、カトリーヌ・ドヌーヴ、デルフィーヌ・シュイヨー、ペトルータ・カターナ、ミハエラ・シラギ、ローラン・リュカ、フレッドサミュエル・デュピュイ、パタシュー、シャルナス・バルタス、ミゲル・イエコ、マティアス・ムレキュズ、ディーヌ・スーリ、ムルード・ララビ、キレディーヌ・メジュービ、アルベール・プレボスト
☆☆☆☆4
写真引用コピーライト Eurospace
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