吉田喜重のオリジナル脚本を自ら監督した長編2作目。デビュー作『ろくでなし』と同じ年(1960)に製作された。この作品もテンポがあって面白い。ピストルをこめかみに当て自殺しようとする男の巨大なポスターがビルに掲げられる。自殺=死をも広告に利用しようとする経済の欲望。高度資本主義消費社会が作り上げた幻想と消費。センセーショナルな広告に人々は夢中になり、振り回され、消費され、やがて飽きられる。SNSやユーチューブ時代のアテンション・エコノミーにも通じる過激なイメージが人々を惹きつけ、経済をまわし、拡散される空疎な時代を先取りしているかのようでもある。
オープニングは男(佐田啓二)がトイレの鏡の前に自分を見つめている。水滴の音。汗。そして手に握られたピストル。人が入ってきて、男は慌ててピストルをスーツのポケットに隠す。ビルの屋上では、東洋毛織の社長は不景気で社員の首切りの話をしている。そこで先ほどの男・木口(佐田啓二)がみんなの前に進み出て、ピストルを自分のこめかみに突きつけ、「僕はどうなっても構いません。みんなをクビにしないでください」と言って自殺しようとする。老社員・金井(織田政雄)の機転で一命を取り止めた木口だったが、この問題は首切り争議と自殺という社会問題となって大きく新聞で報じられ、世間で注目された。それを利用しようとしたのが、生命保険会社の広告宣伝部にいた野中ユキ(芳村真理)。木口を自社の生命保険会社のコマーシャル・タレントにしようというのだった。木口は最初は断わるが、妻(岩崎加根子)や金井も抱き込まれて説得され、木口のCMタレントとしての活動が始まった。
ユキの学生時代の友人で週刊誌の記者をしている原田(三上真一郎)にユキは協力を頼むが、原田は木口の行動は狂言自殺だろうと言って断わる。そもそも「自分を犠牲にして、みんなを助ける」なんて気持ち悪いと、原田はこの世の中の善意を否定していた。彼はプロ野球選手の浮気現場をデッチ上げ、記事にして稼ぐようなチンピラ記者だった。ゴミ山で原田が襲われ、殴られる場面のロングショットは印象的だ。原田にとって、この社会がまさにくだらないゴミの山だったのだ。
生命保険会社は、木口のCM起用で契約が急増し、木口は「時の人」になった。ユキが木口のマネージャーのように付き添い、誘導し、彼をスターに仕立て上げた。大衆の偶像。作り上げられた幻想。偽善の偶像が面白くない原田は、木口を潰す機会を狙う。木口の妻を襲って裸の写真を撮り、木口を強請る。最初自信のなかった木口だが、次第に人々が自分の言うことに耳を傾けてくれている自信が芽生え、変わっていく。ユキは自分が育てたスターだったはずなのに、自分から離れて変わっていく木口に空しさを感じるようになっていく。ある日、木口は右翼の男に襲われ、さらに木口は話題になる。原田はモデルの洋子(柏木優子)を使って誘惑させ、酒に酔わせて木口のスキャンダル写真を撮る。その写真が週刊誌に掲載され、木口は原田を路上で突きとばし、原田が車にはねられる傷害事件を起こす。この傷害事件で社会の風向きが変わり、保険会社は木口のCM契約をやめ、クビにする。そして木口は重役たちの前で本当に自分の頭に拳銃を撃ち、自殺する。木口は死に、巨大な木口のポスターは、ビルから取り外される。ユキと原田は、黙って落下して壊れる木口の巨大ポスターを見つめるのだった。
『ろくでなし』でも夏の海辺でささきいさおが歌うシーンがあったが、この作品でもクラブで「血を吐け!ツバを吐け!」と女が歌うシーンがある。社会への呪詛。過剰なマスコミの反応や過熱ぶりが描かれ、偶像が作り出されるバカバカしさに、ユキも原田も気づいていく。「バカげてるわ。なにもかも」とユキは呟く。じっとしていられなくてダンスをして回り続けるユキ、身動きできず動けなくなっていく原田。木口もまた作られたイメージに振り回され、自分を見失い、変わっていく。そして家庭は壊れていく。ここで描かれる巨大なポスターに象徴される過剰な空騒ぎとそのバカバカしさは、今も続いている。作り出されるイメージに翻弄される人々。「ハムレットのように迷っていたら、すぐ押し潰されるのが現代よ」という台詞があったが、SNSのネット時代を迎え、過剰な空騒ぎはさらに加速しているのかもしれない。
1960年製作/87分/日本
原題または英題:Blood is Dry
監督・脚本:吉田喜重
製作:佐々木孟
撮影:成島東一郎
美術:佐藤公信
音楽:林光
録音:田中俊夫
照明:田村晃雄
編集:杉原よし
キャスト:佐田啓二、三上真一郎、芳村真理、岩崎加根子、織田政雄、柏木優子、戸浦六宏、佐野浅夫、長谷川武、中村美代子、有馬昌彦、加藤嘉、島本課長、青野平義、佐々木孝丸、田中明夫、笹川恵三、松下猛夫、永井一郎
写真引用

1960 松竹株式会社
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