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2026年02月07日17:15

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「日記 父と母へ」メーサーロシュ・マールタ〜ハンガリー動乱と立場を超えて踊る一夜のダンス〜

ハンガリーの女性監督メーサーロシュ・マールタが、自身の激動の半生をモデルに描いた自伝的映画「日記」3部作の最終作。1956年のハンガリー動乱から民主化運動の挫折までを描いた作品。2023年、メーサーロシュ監督特集として5作品が日本で初公開され、それに続く第2章7作品が公開され、たまたま観ることが出来たこの作品と『月が沈むとき』を劇場鑑賞した。メーサーロシュ・マールタは1931年、ハンガリー生まれ。『子供たちへの日記』(1984)でカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞。「イザベル・ユペール、アンナ・カリーナ、デルフィーヌ・セイリグ……名だたる俳優を魅了し、アニエス・ヴァルダがオ ールタイム・ベストのひとつとしてその作品を挙げた」と紹介されている。

1956年ハンガリー動乱が起きた。歴史的事実として知ってはいても、具体的な情報はあまりなく、日本の私たちには馴染みがない。10月23日ブタペストで民衆が蜂起し、ソ連の支配に反対する声が人々から上がり、ハンガリー政府がソ連軍に要請した鎮圧によって市民約3,000人が犠牲となり、20万人以上が難民となり国外へ亡命したとされる事件だ。留学先のモスクワで足止めされていたユリ(ツィンコーツィ・ジュジャ)は、12月になってようやく帰国を許される。カメラを手にしたユリは、祖国の荒廃した街並みや犠牲者を見つめ記録していく。カメラを向けることの意義とその葛藤。知り合いの子供の埋葬シーンを、ユリは「撮らないで」と撮影クル−に言う。動乱の実際のニュース映像や記録映像が挿入され、描かれている事実に重みが増す。巨大なスターリン像が市民の手によって引き倒され、自由と解放を願うハンガリーの人々が町で声を上げる。

しかしユリの家族にも様々な立場の人たちがいる。ソ連体制への信望を示す秘密警察にもいた叔母のマグダは、動乱によって自殺しようとする。自殺を止められ危機的立場に陥り、市内で身を隠し潜伏する。一方、反体制側の男ヤノシュ(ヤン・ノヴィツキ)は、血気にはやる工場労働者たちの暴走を押しとどめようとするが、ソ連軍の弾圧によって厳しい立場に追い込まれていく。ユリはヤノシュに思いを寄せているようだ。ユリもまた戒厳令下で歩いているところを警察に拘束され、「ソ連の留学生」ということで釈放されるが、拘束された反体制派の人々から「ネズミ」と裏切り者扱いされる。体制と反体制、革命と反革命、市民たちの間で立場は分断され、その時の力によって大きく流れが変わっていく。

その年の大晦日、ユリたちは久々に一堂に会する。政治的立場が異なる者たちが、大晦日の束の間、仮装し、音楽やダンスに興じる。ヤノシュとマグダ、思想・立場が反対の二人が一緒に踊り、キスをする。それを見たヤノシュの妻が怒りだし、その騒ぎに警察が入ってくる。それでもヤノシュの陽気なダンスは止まらない。寝ていた子どもたちも起きて大人たちの踊り続ける姿を見つめる。朝方、ハンガリー国旗を掲げようとした反体制派の人間が政府軍に銃で撃たれる。そして捕らえられたヤノシュは最後に処刑されるシーンが長く映し出される。ヤノシュの妻には赤ちゃんが産まれ、埋葬されたヤノシュの墓も分からなくて手を合わせることすら出来ない。ユリにとってヤノシュは父親が投影されているのだろう。

モスクワの留学生ユリは、カメラでハンガリー動乱を記録し続ける。おそらくメーサーロシュ・マールタの分身なのだろうが、カメラを撮ることの暴力と意義と覚悟が問われる。なんのために、どういう立場で記録するのか。立場が異なるものたちが集まる大晦日のダンスこそが、メーサーロシュの一夜の夢の光景なのだろう。


1990年製作/117分/G/ハンガリー
原題または英題:Napló apámnak, anyámnak
配給:東映ビデオ

監督:メーサーロシュ・マールタ
脚本:メーサーロシュ・マールタ、パタキ・エーバ
撮影:ヤンチョー・ニカ
キャスト:ツィンコーツィ・ジュジャ、ヤン・ノヴィツキ、トゥルーチク・マリ
☆☆☆☆4
写真引用(C)National Film Institute Hungary - Film Archive
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