決して妥協をせず自分の建築への揺るがぬ信念を持つ建築家の物語。集団や組織、社会や権威におもねることなく個人の権利を守るために戦い続けた男の物語として、摩天楼の聳えるビルのごとくヒロイックに描かれる。1943年に出版されたアイン・ランドのベストセラー小説『水源』(原題: The Fountainhead)の映画化で、脚本もアイン・ランドが書いた。監督はキング・ヴィダー。ハンガリー系のアメリカ人で、サイレント映画で数々の傑作を発表し、トーキー後もメロドラマを多く手がけた監督。ゲーリー・クーパー主演のモノクロ作品。
若い個人主義的な建築家ハワード・ローク(ゲイリー・クーパー)は順応を求める世間の圧力に屈しない。自らの理想の建築のため、余計な装飾も認めなかった。そのため仕事を得られず、石の採掘現場の労働者として働いていた。そんなときに社交界の花形で、採石場のオーナーを父に持つドミニク・フランコン(パトリシア・ニール)が、現場で働く彼に一目惚れする。採掘現場の丘の上に現われる美女ドミニクが、下からの煽りショットで映し出される。男を見下ろす女。視線の交錯。立場が違う上下関係が露わになるシーンだ。彼女に呼び出され、二人は一度は部屋でキスをするも、思い通りに行動しない労働者である男(ゲーリー・クーパー)は馬上からムチで打たれる。あるときロークの建築家としての才能を評価してチャンスが与えられ、今までにない斬新なビルが完成する。その完成披露パーティーでドミニクとロークは再会する。ドミニクは「ニューヨーク・バナー」紙の建築の人気コラムニストであり、ロークの仕事を高く評価していた。その建築家があの採掘現場の男だったことに驚く。しかしドミニクはロークの才能を認めつつも、個人主義を嫌悪するこの世界では、ロークは破滅する他ないと感じていた。建築の仕事を辞めて二人で田舎で暮らそうとドミニクはロークに結婚して欲しいと言うが、ロークは「逃げても解決しない。この世界で生き延びてみせる。その時は戻ってきてくれ」と彼女に伝える。
エルスワース・トゥーイー(ロバート・ダグラス)は、新聞「ニューヨーク・バナー」に建築評論の連載コラムを持つ評論家である。トゥーイーはロークの個人主義を敵視し、ロークを言論の力で滅ぼそうとキャンペーンを企む。メディアの力で押し潰されそうになるローク。「ニューヨーク・バナー」紙の社主ゲイル・ワイナンド(レイモンド・マッセイ)は部数が伸びればそれでいいと、トゥーイーのキャンペーンを問題視せず、推し進める。そしてドミニクに求婚し、二人は結婚する。ワイナンドはドミニクと自分のための贅沢で世間から隔離された別荘の設計を依頼する建築家として、ロークを選ぶ。これをきっかけにワイナンドはロークと友人になり、ドミニクは二人の関係に嫉妬する。
ロークの同期生ピーター・キーティング(ケント・スミス)は凡庸な建築家で、世渡りの才能と顧客への妥協によって、名前だけは一流の建築家となっていた。キーティングは公営集合住宅の大仕事を引き受けたものの自信がもてず、秘かにロークの力を借りたいと申し出た。ロークは友人のために承諾し、設計料はいらないが、変更は絶対にしないという条件で引き受ける。彼は自分が納得できる仕事が出来ればそれでいいのだ。しかし、この約束が破られたため、ロークは建築現場に秘かに潜入し、建築中の住宅を爆破してしまう。ロークは裁判に掛けられる。あらゆる新聞がロークを社会の敵として糾弾する中、「ニューヨーク・バナー」紙だけは、社主ワイナンドが前面に出てローク擁護のキャンペーンを始める。しかし「ニューヨーク・バナー」紙は売れなくなり、廃刊の危機に陥る。仕方なくまわりの説得に屈し、ワイナンドはローク擁護キャンペーンをやめる。
裁判の最終弁論でロークは、自分の仕事を自分の条件で提示する権利を擁護する長い演説を行う。個人の自由と権利こそが民主主義社会で奪われてはいけない権利である。自らの信念を貫く権利を確保したいという長い長い演説によって、陪審員たちは彼の無罪を評決する。罪の意識に打ちひしがれたワイナンドはロークを呼び出し、ニューヨーク一高い高層ビル「ワイナンド・ビルディング」の設計をロークに依頼する。ロークが部屋を出ると、ワイナンドは拳銃を取り出し自殺する。数カ月後、ドミニクはワイナンド・ビルディングの建設現場に行き、ローク夫人を名乗る。ドミニクは工事用のエレベーターに乗り、夫ロークを見上げながら建設中のワイナンド・ビルディングを昇っていく。町を見下ろしながらどこまでも昇っていくエレベーター。屋上には両手を腰に当てたロークが、摩天楼の頂きに強い横風に吹かれながら誇らしげに立っているシーンで映画は終わる。
メロドラマでありつつ、建築家のプライドと強い信念が描かれる。集団の圧力に屈しない個人の権利と自由。それを高い摩天楼のような誇り高きものとして描いている。ヒロインのパトリシア・ニールは背の高い美人で、冷たく気の強い女でありながら揺れる女心を演じているのだが、あまり上手いとは思えなかった。実際に、この映画の前からゲーリー・クーパーと不倫関係にあり、家庭的な良い夫のイメージができあがっていたクーパーを「誘惑した年下の女(当時クーパーが46歳、ニールは21歳)」として、ニールはマスコミから袋だたきにあったそうだ。ニューヨークのビル群を強調した大きな窓ガラスの部屋、新聞社も大きなガラスで囲われた会議室と編集現場で働く記者たちの動きが見渡せるセットが効果的だ。廃刊の危機の時は、編集室が誰もいなくなり荒れ果てている。さらに最後に自殺したワイナンドの社長室は、高い天井と広い部屋と大きな窓ガラス、ポツンとある机のセットの造型が見事だ。ゲーリー・クーパーの最終弁論の演説は長すぎる気がするし、妥協を許さない芸術家の身勝手な完全主義と侵されるべきではない個人の権利の主張はちょっと違う気もする。それであっさり無罪になるのも安易な感じもするが、摩天楼の屋上に風に吹かれながら立つゲーリー・クーパーにエレベーターで近づいていく目線のラストカットはなかなかいい。高層ビルを建てることが、人類の栄光の象徴であった時代の映画であり、最後は世界の頂点に立ったようでさえある。
1949年製作/アメリカ
原題または英題:The Fountainhead
配給:セントラル
監督:キング・ヴィダー
脚色・原作:エイン・ランド
製作:ヘンリー・ブランク
撮影:ロバート・ジョン・バーク
音楽:マックス・スタイナー
キャスト:ゲイリー・クーパー、パトリシア・ニール、レイモンド・マッセイ、ケント・スミス、ロバート・ダグラス、ヘンリー・ハル、レイ・コリンズ、モローニ・オルセン、ジェローム・コーワン
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写真引用

ジュネス企画
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