『アパートの鍵貸します』の2大スターを再び主演に迎え、パリを舞台に堅物の警官と娼婦のラブロマンス・コメディ。ビリー・ワイルダーの喜劇は洒落ていてとにかく楽しい。『お熱い夜をあなたに』(1959)、『アパートの鍵貸します』(1960)とこの『あなただけ今晩は』(1963)はビリー・ワイルダーの傑作コメディの3本であり、そのほか『情婦』(1957)、『深夜の告白』(1944)など数々の名作を残していて、ファンも多い映画監督である。
この映画も『お熱い夜をあなたに』同様の<着替え・変装>がテーマのドタバタ・コメディである。堅物の警官ネスタ(ジャック・レモン)は、恋人のイルマ(シャーリー・マクレーン)が娼婦で他の客と寝ることに嫉妬してしまい、どうにも許せない。それで自ら変装して金持ちのイギリス紳士の客に成り代わり、イルマを独占することを思いつく。眼帯と帽子とステッキの英国紳士X卿は、性的不能でイルマと寝ないでトランプばかりして彼女の時間を独占し、大金500フランを払っていく。大金をもらえるとあって、イルマも客を取らなくていい。紳士が払う500フランは、ネスタがビストロのおやじ・ムスタッシュ(ルー・ジャコビ)から借りたもので、それをX卿としてイルマに払い、イルマからヒモであるネスタに渡して金がグルグル回る仕組みを思いついての変装だった。ところがネスタは、部屋のカーテンを買ったり、みんなに奢る酒場の飲み代を払ったりして、ムスタッシュに金を返せなくなる。仕方なく深夜にイルマのベッドを抜け出して、市場で夜通し働いて、ヘトヘトになって朝方寝室に戻ってくるハードな生活を繰り返す。いつも疲れていて眠そうで、自分を構ってくれないネスタに次第にイルマは彼の愛情を疑い始める。そして英国紳士X卿に惹かれるようになり、彼のお城に連れて行ってもらおうと荷造りをして待ち合わせをする。愛想を尽かされたネスタは、X卿の衣装やステッキ、眼帯をセーヌの川に投げ捨て、二度とイルマの前に現われないようにする。ところが、川に浮いているX卿の眼帯やステッキを見て、ネスタがX卿を殺したと早合点したヒモ仲間のヒポリート(ハーシェル・ベルナルディ)は、警察に通報し、ネスタは殺人犯で捕まってしまう。存在しない人間を殺した罪で15年の懲役で留置されるネスタ。妊娠したイルマは娼婦の仕事を辞め、市場の会計の仕事についてネスターの帰りを待つ。真実を知るムスタッシュの手引きで、脱獄に成功したネスタ。警察の家宅捜索にも、かつての警官の服装に変装してピンチを切り抜ける。そして警察がいる前で、セーヌ川からX卿として現われ、何事もなかったかのように警察を煙に巻く。めでたくネスタとイルマは結婚式を挙げ、すぐに産気づいたイルマは女の子を産む。X卿の殺人事件の謎を解明したい警察は、ネスタに警官に復帰するように求める。赤ちゃんを囲んで、めでたしめでたしで終わるのだが、最後になぜかX卿らしき人物が、教会から出て行くのをムスタッシュが目撃する。これまで何度も彼が言っていた「これは余談だが・・・」と言って映画は終わる。
ルー・ジャコビが演じるビストロのおやじムスタッシュは狂言回しとして物語を司る。彼は変装の嘘を知り、時には、「ダンケルクの戦いで最後に撤退したのはオレだ」とか、「我が国有数の敏腕弁護士だった」とか、「昔、シュバイツァー博士の下で産婦人科医だった」とか、「余談だが・・・」と繰り返しながら様々なプロであったことを言うのだ。「そんなわけないだろう」というツッコミを入れながら、そんなバカバカしい設定を楽しむ映画だ。そもそも急に産気づいて、式場の隣の部屋で赤ちゃんなど産まれるわけがないし、X卿紳士の登場もすべてシャレなのだ。
ビストロの酒などを運ぶための昇降式エレベーターが舗道にあり、舞台の奈落から上がってくる「せり」のように、ネスタからX卿へ、X卿からネスタへと成り変わる装置として使われているのが面白い。おそらく、『情婦』のチャールズ・ロートン演じる老弁護士の階段昇降機のアレンジであろう。それが、そのままセーヌ川からX卿が上がってくることで反復される。さらに脱獄も牢獄の鉄格子の窓から、ストッキングで易々と降下して成功し、イルマの部屋のベランダから地上へ、地上からベランダへと上下運動を繰り返すのが、ジャック・レモンなのだ。上下運動と変装。ジャック・レモンの必死の嘘が彼の真実なのだ。
イルマはいつも緑の服を着ていて、ストッキングも緑。犬を抱え、ホテルの階段をお尻フリフリして昇っていく。冒頭で娼婦のイルマはお客たちに、「なんでこんな仕事しているの?」と聞かれ、その度に悲劇の作り話をして、お客は同情から渡すお金を増やしていく。すべて嘘から成り立っている現実を生きているのがイルマであり、そのイルマを嘘の世界から救い出すために、ネスタも嘘でX卿を演じる。その嘘から誤解と混乱が起きていくドタバタ喜劇は、ビリー・ワイルダーとI・A・L・ダイアモンドのいつもの見事な脚本である。スタジオセットの街角ストリートに立っている娼婦たちもなかなか派手でみんな奇抜な衣装だ。ネスタが最初に娼婦たち全員を護送車に入れて運ぶ場面も楽しい。はすっぱな感じの娼婦シャーリー・マクレーンがだんだんチャーミングに見えてくる。
1963年製作/146分/アメリカ
原題または英題:Irma la Douce
監督・製作:ビリー・ワイルダー
原作:アレクサンドル・ブレフォール
脚本:ビリー・ワイルダー、I・A・L・ダイアモンド
撮影:ジョセフ・ラシェル
音楽:アンドレ・プレビン
キャスト:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、ルー・ジャコビ、ブルース・ヤーネル、ハーシェル・ベルナルディ
写真引用IRMA LA DOUCE

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