1930年代にダシール・ハメットが『マルタの鷹』で探偵サム・スペードを造型し、レイモンド・チャンドラーがフィリップ・マーロウを、ロス・マクドナルド(1915年 - 1983年)がリュウ・アーチャーという探偵を生みだした。ハードボイルドの私立探偵モノは数多くの映画が作られているが、最も有名で私立探偵の代名詞とも言われるのが、チャンドラーのフィリップ・マーロウだろう。『三つ数えろ』(1946)ではハンフリー・ボガートが演じ、『かわいい女』(1969)ではジェームズ・ガーナー、『さらば愛しき女よ』(1975)、『大いなる眠り』(1978)ではロバート・ミッチャム、最近でも『探偵マーロウ』(2023)でリーアム・ニーソンが演じている。多くの役者たちが探偵マーロウを演じている。そして私の大好きな監督ロバート・アルトマンによって作られた『ロング・グッドバイ』では、エリオット・グールドが演じた。大好きな作品で久しぶりに見直してみた。
フィルム・ノワール作品らしからぬ光り輝く太陽や海がよく出てくる。街の暗闇ばかりではない。あらためて見るとヘンな映画だ。マーロウが住むマンションの隣には、いつも裸の女性たちが踊っているし、モノマネ好きの守衛は出てくるし、コークの瓶で愛している女の頬を殴るヤクザな男の理不尽な暴力もある。その女は顔に仮面のようなガードをつけて再登場し、さらにヤクザ男(マーク・ライデル)は、みんなで正直になるために裸になることを強要し、男たちがみんな服を脱ぐ。筋肉隆々のアーノルド・シュワルツェネッガーも出ている。さらに交通事故に遭ったマーロウの病院の隣のベッドには全身包帯男で彼から小さなハーモニカをもらう。そして最後の「ハリウッド万歳」の歌。奇妙な演出があちこちでなされている。
朝の3時に寝ているマーロウを起こすのは飼い猫である。マーロウ特製の猫メシでは満足せず、カレー印のキャット・フードをスーパーに探しに行って、見つからずに誤魔化してマーロウは与えるが、猫には食べてもらえず、その後、猫はいなくなってしまうのだ。この最初の猫のシーンが強く印象に残っていた。なんだかこの無駄な猫とのやり取りこそ、徒労でマーロウっぽい。猫はマーロウのように、独自のこだわりを見せていなくなるのだ。そしてマーロウは猫に翻弄される。その挙げ句、マーロウは訪問先で犬にばかりに吠えられる羽目になる。そんな描写が面白い。
レイモンド・チャンドラー原作の『ロング・グッドバイ』をかなり大胆にアレンジしている。ラストが決定的に違う。マーロウが探偵のマーロウであることをやめてしまうラストだ。エリオット・グールド演じるマーロウは、小説の探偵マーロウ像とは異なり、ラフな感じだ。独自のスタイルとクールさはあまり感じられない。確かにクセのある探偵だが、シニカルでキザな感じは一切無い。いつもタバコを銜えていて、壁や地面などあちこちでマッチを擦って火をつける仕草が特徴的だ。女の車を追って走らされるところは、何とも滑稽で人間味溢れている。だからこそ、最後の友の裏切りが許せないのだろう。小説のように曖昧にやり過ごすことはできなかった。映画は自分のスタイルを守り続けた小説のフィリップ・マーロウではなく、1970年代の一人の人間マーロウになっている。
親友テリー・レノックスが突然訪ねて来る。テリーは妻とケンカしたと話し、男たちに追われているからメキシコへ連れて行ってほしいとマーロウに頼む。テリーを車で送り帰宅したマーロウは、テリーの妻が殺されたことを知る。テリーを匿っていると疑われたマーロウは留置場に入れられるが、テリーがメキシコで自殺したとの報せを受けて釈放される。そんな中、マーロウは有名作家の妻から、行方不明になった夫の捜索を依頼される。
ガラス越しのショットが多用される。部屋の窓から見える隣の裸の女たち、いろんな男たちに見られる存在でも、彼女たちは気にしない。または、警察の取調室のマジックミラー。マーロウの指紋を取ったインクの手形がガラスにつく。マジックミラーのガラス越しにマーロウを観察する刑事たち。そのマジックミラーに気づくマーロウの非対称的な力関係。老作家ウェイド(スターリング・ヘイドン)とその妻アイリーン(ニーナ・バン・パラント)の海辺の家で、浜辺で待つマーロウ。ガラス越しにカメラで捉える別れ話をしているウェイド夫婦の会話、そのショットのガラスに映る海を見ているマーロウや木々が反射する。そして今度は、夜のマーロウとアイリーンの部屋の中の会話、その窓の向こうの夜の海に近づく夫が見える。外からの窓越しのショットで夫の行動に気づくアイリーン。そしてやっと夜の海に入っていく夫を助けに行く二人。窓やガラス越しのショットが人物たちの関係の距離感を表している。ガラスを隔てているのだ。また、オープンカーのガラス越しのアイリーンと彼女に気づいて後ろを追いかけて走るマーロウ。アイリーンは気づかないフリをしているのか、本当に気づかないのか、フロントガラス越しのショットでマーロウは必死に走り続け、そして交通事故に遭ってしまう。マーロウは女に裏切られた。そんな人物たちの行き違うすれ違い、その距離は、ガラス越しのショットで描かれているのだ。
そして最初に出てきただけのマーロウを利用して逃げた親友テリーはメキシコで生きていた。原作では整形して顔を変えたテリー・レノックスが最後に登場し、マーロウは親友に利用されただけだったことに気づくのだが、テリーの堕ちていく人物像もしっかり描いている。しかし、映画でのテリーはいい加減で調子のいい男でしかない。友を信じて庇ってきたマーロウは、友に裏切られた失意の中で、最後に怒りの銃をぶっ放す。それは最早、ハリウッド流の探偵マーロウのスタイルを維持できなくなったロバート・アルトマンの現実認識なのかもしれない。交通事故でマーロウは包帯男と入れ替わって、新たな男として生まれ変わり、友と決着をつけるためにメキシコにやって来たのだろう。
1973年製作/111分/G/アメリカ
原題または英題:The Long Goodbye
配給:コピアポア・フィルム
監督:ロバート・アルトマン
製作:ジェリー・ビック
製作総指揮:エリオット・カストナー
原作:レイモンド・チャンドラー
脚本:リー・ブラケット
撮影:ビルモス・ジグモンド
音楽:ジョン・ウィリアムズ
キャスト:エリオット・グールド、スターリング・ヘイドン、マーク・ライデル、ヘンリー・ギブソン、ニーナ・バン・パラント
☆☆☆☆☆5
写真引用LONG GOODBYE, THE

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