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2025年10月25日20:33

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「溶岩の家」ペドロ・コスタ〜亡霊の帰還が島にもたらすものとは?〜

ポルトガルの映画監督ペドロ・コスタが『血』(1989)に続いてカーボヴェルデで撮った長編第2作、1994年のカラー映画。4Kレストア版にて劇場鑑賞。カーボヴェルデとは北西アフリカの西沖合の群島で構成されている島国で、ポルトガルの探検家によりこの群島が発見され、熱帯地方における最初期のヨーロッパ人入植地として確立。16世紀はアフリカからの奴隷船の中継拠点となり、奴隷貿易で栄えた。カーボヴェルデには入植したポルトガル人と連行されたアフリカ人によってクレオール文化が築かれ、両者の混血も進んだ。15世紀から1975年までポルトガル領だったが、現在は独立してカーボヴェルデ共和国となっている。ペドロ・コスタはこの作品をきっかけに、カーボヴェルデにこだわりを見せるようになる。カーボヴェルデからポルトガルのスラム街・フォンタイーニャス地区へ。ペドロ・コスタはこの作品の撮影後、カーボ・ヴェルデの人達から、リスボンにいる家族のためにと多くの手紙や品物を預かった。そして、それらを持って、初めてフォンタイーニャス地区を訪れたという。それが次の作品『骨』(1997)、そして『ヴァンダの部屋』(2000)、『ヴィタリナ』(2019)などへと繋がっていった。

火山の映像が映し出されたあと、人々の顔のアップが入る。ペドロ・コスタの映画は人々の顔から始まることが多い。どこを見つめているのか分からない無表情な顔。フィクションを演じる俳優ではない、生活している無名の人々の素の顔を描こうというペドロ・コスタの意志表明なのであろう。この映画では、後ろ姿の頭のアップも挿入されている。そしてレオンという男の顔に続いて工事現場に入っていく労働者たち。ふざけ合っている姿も映され、雰囲気は明るい。そしてレオンという男が「落ちた」という報告がある。その男の工事現場での落下シーンはない。カーボヴェルデ出身の出稼ぎ労働者レオン(イザック・ド・バンコレ)が、リスボンの工事現場で落下して意識不明の昏睡状態となり、病院の看護師だったマリアーナ(イネス・デ・メデイロス)は、レオンを故郷のカーボヴェルデまで付き添って運ぶことになる。故郷に呼び戻すための航空券と手紙が病院に送られてきたのだった。看護師のマリアーナの顔のアップがあり、いきなり患者に顔を掴まれるショッキングな映像が挿入される。そしてそのマリアーナが病院のトイレで同僚とメイクをしているシーンもある。口紅を貸し借りしたり、普通の可愛らしい女性だ。彼女は顔を洗う。この映画ではその後、マリアーナが顔を洗うシーンがカーボヴェルデでも繰り返される。

そして砂埃が舞う荒れた大地を病人を担架で運ぶ横移動撮影。マリアーナは点滴を持って担架に付き添って歩く。レオンを輸送機で運んできた男たちはすぐに戻っていってしまう。誰もいない荒野で一人残されたマリアーナは点滴を木に吊して迎えを待つ。荒涼とした溶岩の島。そして島の反対側にあるという病院まで、たまたまいた島民にトラックで運んでもらう。荷台で病人のレオンを抱えて、カーボヴェルデの荒涼とした風景を眺めるマリアーナ。彼女は患者のレオンを看護する立場にあり、母性的ですらある。

荒涼とした火山の島、カーボゥエルデの荒々しい風景の見知らぬ土地で、一人立ち向かっていくように歩くマリアーナが印象的だ。病院から市場へと向かうシーン、昏睡状態のレオンが目覚め、車椅子に乗せてマリアーナが押していくシーンは、いずれも横移動撮影で力強く進むマリアーナを捉えていた。また、松葉杖のレオンと一緒に火山を登っていく場面、恋人のようになった白人男と夜の街をずんずんと歩いて行く場面など、彼女の前へ進もうとする意志の強さが感じられる。

ペドロ・コスタの多くの映画は、画面が暗く、スライム街の闇の中の狭い路地や暗い部屋が主な舞台だ。閉塞的な映画が多い。それに比べて本作はカーボヴェルデを舞台にしているため、空間的な広がりがあり、画面も明るい。マリアーナの赤いワンピースや地元民の青や白、色とりどりの服、さらに何もない山と荒れ地のロングショットと小さく見える赤い服のマリアーナや少女ティナの姿など、ダイナミックな自然とともに描かれている。そしてバイオリンを弾く老人や楽団たちの音楽に合わせて踊る人々の姿が画面に運動と活気を与えている。

物語は分かりにくい。現地の人々はみんなマリアーナのことを知っている。マリアーナはこのカーボヴェルデに留まることによって、どう変化していったのか?看護師としてのマリアーナから、現地の人々との様々な関係によって、彼女の何かが開かれてゆく。ポルトガルからやって来た白人女性は、島の人々にとってどういう存在なのか?マリアーナは子どもたちに予防注射を打つ。人々の暮らしに介入する。それは災いをもたらす異人なのか。少年タノは、夜の海辺でマリアーナを襲う。その時、黒い犬がマリアーナを助けてくれる。しかしその後、犬は死んでしまう。少年に殺されたのか?よく分からない。「死者が殺しに来る」と少年タノは言う。昏睡状態のレオンは死者の使いなのか?仕事のために島を出て行きたい人々と、死ぬつもりだったのに昏睡状態で島に戻ってきてしまったレオン。レオンは亡霊なのか。少年タノと少女のティナは病院からレオンを引きずり出してロバに乗せて運ぶ。しかし、いつの間にか病院に戻っているレオンは、意識を回復している。死者の再生。亡霊から生への帰還。

意識が戻ってからレオンとマリアーナの関係は変わっていく。看護師としてレオンを介抱していたマリアーナは、元気になって言葉汚く罵るレオンに戸惑う。松葉杖で火山を登っていたレオンは、マリアーナの足をすくって倒す。「歩く女」であったマリアーナは、足をすくわれて横たわる。そして顔を洗い、体を洗って、赤い服から白い服へと衣装を変える。楽団の音楽でレオンとダンスを踊るマリアーナは、楽しんでいると言うよりもクルクルと振り回されているようである。「お前を逃さないぞ」と言うレオン。

ポルトガル語と現地の人々が話すクレオール語が出てくる。ポルトガル語を忘れてしまった白人女性エディット(エディット・スコブ)とその過去の男からのクレオール語で書かれた手紙をマリアーナは読む。エディットの過去に何があったのか?男は政治犯だったのか?病院の看護師、刑務所の食堂?の調理場の女性とエディットは昔を思い出して、夜の屋上でダンスを踊る。美しいシーンだ。詳細はよく分からない。島の歴史や人々の過去にマリアーナは触れる。

エディットの息子?の白人男性とマリアーナは関係を深める。マリアーナは看護師から一人の女性として性的な存在へと変化していく。白人男性とカーボヴェルデの男レオンの二人の男性に迫られるマリアーナだが、この島に留まるつもりはないようだ。マリアーナが着ていた赤い服は、後半は少女ティナが着るようになっている。そしてラスト、ロバに連れてこられたタノは死んだのか?ティナは意識を失っただけなのか?死者に取り憑かれたのか?亡霊だったレオンの身代わりなのか?それもよく分からない。マリアーナは溶岩の家(エディットの家)に向かって石を投げる。それは何に対する怒りなのか?アフリカから連れてこられた奴隷たち、あるいは刑務所に閉じ込められた政治犯、島の男たちの過酷な出稼ぎ労働の常態化、過去の歴史や男たち、死や亡霊、この火山の島そのものの呪縛への攻撃なのか?

リスボンから亡霊のような男を連れてやって来たマリアーナがカーボヴェルテの島で体験することの全体像はハッキリしない。亡霊を生き返らせた彼女の役割は終えたはずだった。しかし、それほど物事は単純ではない。様々なエピソードは羅列されるだけで、島で何が起きたのか?よく分からない。それでもこのマリアーナは、彼女自身に変化をもたらし、島の何かを変えるアクションを持ち込んでいる。


1994年製作/110分/ポルトガル・フランス・ドイツ合作
原題または英題:Casa de Lava
配給:シネマトリックス

監督・脚本:ペドロ・コスタ
キャスト:イネス・デ・メデイロス、イザック・ド・バンコレ、エディット・スコブ
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