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2025年10月15日22:16

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「炎と女」吉田喜重〜人工授精とモノのように子供を所有する親たち〜

吉田喜重は、松竹ヌーヴエルヴァーグの旗手として、大島渚、篠田正浩らとともに活躍。松竹時代に『ろくでなし』(1960)、『血は渇いてる』(1960)、『甘い夜の果て』(1961)、『秋津温泉』 (1962)、『嵐を呼ぶ十八人』 (1963)などを撮る。特に岡田茉莉子主演の『秋津温泉』は映画史に残る傑作。1963年松竹を退社。岡田茉莉子との新婚旅行中に、6作目の『日本脱出』(1964)のラストのフィルム1巻を松竹に無断でカットされたことが退社理由だという。1966年に妻の岡田と独立プロダクションの「現代映画社」を設立。本作は現代映画社製作による4作目、1967年の作品。

人工授精して子供・鷹士をもうけた夫婦(木村功・岡田茉莉子)ともう1組の夫婦(日下武史・小川真由美)の物語。赤ちゃん目線の二人の顔がぼやけて輪郭が整う。岡田茉莉子と木村功。「大きな目を見開いてみているわ」との声。そして家の前の通りの向こうで、岡田茉莉子がサングラスの男と抱き合ってキスするショット。カメラは二人のまわりをグルグルと回る。どうやらそれは、夫の木村功の夢らしいのだが、このサングラスの男(細川俊之)は何度も家のまわりをうろつき、中を覗き見ている。幻想なのか実在する男なのかよく分からない。人工授精で子供を産んだことで、夫婦の間はギクシャクしたものになっていた。木村功はなぜそれほどまで子供を欲したのか。「俺たちのために、子供がいるんだ」と言った意味はなんなのか?岡田茉莉子は最初、そうまでして子供はいらないと言っていた。しかし夫婦は子供を人工授精で授かった。人工受精の施術者だった北村和夫とその弟子だった産婦人科医の日下武史、その妻の小川真由美がこの家に出入りしていた。木村功は、貧しい医学生だった日下武史が精子提供者だということを知っていながら、交友関係を続けていた。

ある日、子供の鷹士がいなくなる。木村功は妻の岡田茉莉子を責める。小川真由美が子供を車で連れ出していた。岡田茉莉子は、子供のほんとうの父親(精子提供者)が、日下武史だと知っていた。そして小川真由美は、夫の日下武史が岡田茉莉子と性的関係を持って生まれた不倫の末の子だと信じていた。夫婦のそれぞれの間にある疑念や距離。鏡やガラス、ビニール傘などを使いながら、夫婦といえど他人である空々しい関係、あるいは常にフィルター越しに自分を語っているような距離感を映像で描き出す。なにを考えているのか分からない夫、そして妻。小川真由美は望遠レンズカメラで、日下武史と岡田茉莉子を盗み撮りする。子供ではなく、鳥を家の庭で飼う小川真由美。冒頭の木村功の夢のサングラスの男は、結婚直前の軽井沢の別荘で、岡田茉莉子が出会った男だった。トラクターを運転し、一人で散歩していた彼女を無視した男。男(細川俊之)が別荘に押し入って、岡田茉莉子とセックスしたのか、それは彼女の妄想なのかよく分からない。岡田茉莉子は、人工授精で子供を産んだことで、ほんとうの父親ではない夫の木村功に対して距離感ができ、精子提供者である日下武史に特別な思いを抱えていた。

「俺の子だ」「私の子よ」「あなたのものではない」「わたしのものよ」と子供を自分の所有物のように何度も言う木村功と岡田茉莉子。日下武史は、産婦人科で嬰児を引き取り国から金を得ていた事件を語り、自分がその生き残りであり、モノ扱いされた生い立ちを語る。さらに小川真由美の父親に病院の後継ぎとして自分はモノとして買われたんだと話す。そしてモノとして精子を提供し、お金を得ていた。命をモノとして扱う産婦人科、そして経済。岡田茉莉子は、別荘で日下武史と性的関係を持った末に、子供は木村功のものでも、日下武史のものでもなく、「私だけのものだ」と確信する。別荘に岡田茉莉子を迎えに来た木村功のまわりを、子供を肩車した日下武史がグルグル回る。回るカメラの子供目線の木村功。「鷹士が僕の子である事実は変わりないからね」と木村功は日下武史に言い、岡田茉莉子となにごとも無かったように二人で家に帰って行くのだった。

4人の中で、復讐や嫉妬など人間的な感情を持って振る舞うのは小川真由美だけで、木村功も日下武史も岡田茉莉子も心の底でなにを考えているのか表に出さない。すべてを押し殺して、上辺だけを繕って生きていくしかないかのようだ。家の中で4人の男女のそれぞれ視線がまったく交わらない孤立した関係。それぞれ考えていることがまったく違う。人工授精をテーマにして夫婦とは?親子とは何か?を問う映画だが、観念的抽象的シチュエーションとともに「個」の闇の深さを浮き彫りにする。吉田喜重の独特の映像感覚は寒々しく冷酷だ。映像に温もりは全くない。最後の森の中の光が差す真っ直ぐな一本道は、美しくもあるが厳粛でもある。孤立しながらも、幸せな家族のように繕って生きるしかない人生の厳しさがそこにある。
 

1967年製作/101分/日本
原題または英題:Impasse
配給:松竹

監督:吉田喜重
脚本:山田正弘、田村孟、吉田喜重
製作:織田明
撮影:奥村祐治
美術:佐藤公信
音楽:松村禎三
録音:久保田幸雄
照明:海野義雄
編集:太田和夫
キャスト:木村功、岡田茉莉子、小川出、日下武史、小川真由美、早瀬操、北村和夫、細川俊之
写真引用(C)1967松竹株式会社
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