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2025年09月24日22:30

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大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」第36回「鸚鵡のけりは鴨」〜岡山天音のオチをつけて死ぬ戯作者の矜恃〜

海の向こうのアメリカではトランプ大統領がメディアに圧力をかけ、思い通りにコントロールしようと独裁制を強めているが、権力者とメディアの関係は社会のあり方を左右する分水嶺である。江戸時代のメディア王・蔦屋重三郎を描いた大河ドラマ『べらぼう』は、吉原の細見屋(さいけんや:遊郭の案内屋)の話から始まり、蔦屋重三郎が戯作者や浮世絵師を発掘し、洒落本や版画などを出版して大当たり。日本橋に「耕書堂」(こうしょどう)という名の書店を開き、版元として富を築いて大成功した。蔦屋重三郎は、江戸の文化プロデューサーであり、文化人を育てた男とも言える。

前半は吉原を舞台に、遊女たちの人生や吉原に客を呼ぶための「吉原細見」で話題作りに腐心する蔦屋重三郎(横浜流星)の姿が描かれる。それと同時に老中・田沼意次(渡辺謙)の政治の世界が並行して描かれた。その二つの世界を行ったり来たりする進行がまだるっこしく、停滞していて、しかも政治の世界の描かれ方は中途半端で分かりづらかった。それを平賀源内(安田顕)が時代を先読みして江戸の町を自由に動き回るようになって、ドラマは少し面白くなってきた。と思ったら、前半の山場に平賀源内の獄中死が描かれた。「陰謀に巻きこまれた悲惨な最期」として描かれた。源内の死の背景には権力闘争と将軍の世継ぎの謀殺の隠ぺい工作などが絡んでいた。政治の世界の闇に一人の天才が巻き込まれた形での死だった。源内の死は、一つの時代の終わりを告げ、このドラマの前半の山場であった。

そして田沼意次が失脚し、松平定信の寛政の改革が始まる。「商人が主役である」重商主義の田沼政治は、賄賂も横行したが、自由で活気があった。出版業界への規制もなく、文化が花開いていった時代でもあった。そんな田村時代を松平定信は全否定し、「質素倹約」が尊ばれ、贅沢をして風俗を乱す者や政治批判をする者を厳しく取り締まり出した。時代の空気は一変していく。

そんななかでの戯作者・恋川春町(岡山天音)の死が描かれる。この『べらぼう』というドラマの重要なテーマは「戯けること」の価値である。「遊び」「戯ける」「巫山戯る」「笑う」。そんな「戯ける」ことで、切腹しなければならない羽目になる時代とは、なんと窮屈な時代であろうか。定信に睨まれ、呼び出され、どうにもならなくなった恋川春町は、武士として切腹してケリをつけ、戯作者・恋川春町として「豆腐の角に頭をぶつける」オチをつけて死んでいく。この戯作者としての矜恃に胸を打たれる。死を賭して「戯ける」ことをクソ真面目に貫いた戯作者の姿に泣けてきた。岡山天音という情けなくてとぼけた役者が見事にこの恋川春町というキャラクターに嵌まっているのだ。かつて、フンドシ姿で放屁芸を披露し、三番叟(さんばそう)を踊って場を盛り上げた恋川春町という男の生真面目に「戯けた」姿も忘れられない。
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