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2025年07月29日18:18

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「草の上の昼食」ジャン・ルノワール〜一陣の風が巻き起こす風刺コメディの傑作〜

これはなかなか辛辣な風刺コメディとでもいうべきか。『ゲームの規則』(1939)は恋の空騒ぎとも言うべき辛辣な人間喜劇の傑作だったが、本作もシュールなくらいバカバカしくて面白い。こんな映画を作っちゃうジャン・ルノワールは偉大だし、フランス映画の懐の深さを感じる。これはシェイクスピア的な喜劇か、神話的な寓話か。なにせ、山羊と山羊飼いの男が森の中で笛を吹くと、草の上で昼食をしようとする上流階級の者たちに一陣の風が吹き、人々は立っていられないほど吹き飛ばされ、机や椅子、食器類はメチャクチャになり、服は乱れ、スカートはめくれ、そのうちその風によってある淑女の性的な気分がムラムラと高まり、夫と卑猥な行動を始めるというのだから、もうなにがなんだかよく分からない。そして偉大なる生物学者の博士と素朴な村娘の恋が始まってしまうのだ。まさに自然の猛威である。それは人間の心の内なる<自然的なるもの>の発露であるし、理性を吹き飛ばすものである。こんな奇っ怪な風を起こしてしまうジャン・ルノワールのメチャクチャさに賛辞を送りたい。タイトルから想像するに、もっと牧歌的な『ピクニック』(1936)のような美しい映画なのかと思ったら、これは徹底した風刺コメディである。

合理主義者で生物学者のエチエンヌ・アレクシ教授(ポール・ムーリッス)は、人工授精で優秀な子供を残すべきとの主張を掲げ、欧州代表大統領選に出馬しようとしていた。一方、男に幻滅していた農家の気の良い可愛い娘・ネネット(カトリーヌ・ルヴェル)はアレクシ教授に賛同し、彼の研究の実験台になろうと別荘を訪ね、小間使いとして働き始める。そして、アレクシ教授と欧州女子訓練団のマリー・シャルロッテ伯爵令嬢との婚約成立を祝って、記者たちも呼んでピクニック“草の上の昼食会”を開こうとしたいた。そんなときに突然、笛の音と共に風が吹くのだ。ネネットは風に吹き飛ばされそうなアレクシ教授を助け、二人は初めて出会い、会話をする。そしてアレクシ教授は近くでキャンプをしている若者たちに招かれ、持論を語っているうちに元の居場所に戻れなくなり、迷ってしまうのだ。森の中で婚約者のマリー・シャルロッテとすれ違うのだが、アレクシ教授は別の方角に向かってしまう。そして、服を脱ぎ捨て川で全裸で気持ち良さそうに泳いでいるネネットを目撃するのだ。美しい森、そして川、そこで泳ぐ美しい娘。ジャン・ルノワールにとって、森の中の川と美しい女性は切り離せないものなのだろう。ネネットは決して美女というわけではないが、まさに健康的な美しさだ。素朴な自然の美しさそのものが宿っている。制服をピシッと着て髪を整えて化粧をしているマリー・シャルロッテとはまさに対照的だ。思わずネネットの美しさに心を奪われたアレクシ教授は、二人で草むらへと消える・・・。その間、川に流れる水草や川の水などが映し出される。科学の力で自然をコントロールしようとしていた生物学者が、一陣の風とともに自然の美しさに心乱れてしまうのだ。アレクシ教授は、再びキャンプをしている連中と合流し、ネネットを後ろに乗せてバイクで疾走する場面まである。知と科学と権威の世界から、野生と自然と運動の世界へ。

まわりの説得によって教授との恋を諦めて去って行ったネネット。アレクシ教授は予定通りマリー・シャルロッテとの結婚式の日を迎える。そんなとき教授の燕尾服の背中が破れ、服を繕うホテルの衣類係を探してホテル内をウロウロするアレクシ教授。その衣類係の女性と教授がホテル内の部屋と廊下ですれ違うシーンが森の中と同じように繰り返され、偶然、皿洗いをしているネネットと再会するのだ。いつでも恋はちょっとした偶然が重なって生まれる。このアクションのすれ違いを描くことが、ルノワールの演出の巧さだ。そしてネネットのお腹には、あのときの赤ちゃんが宿っており、二人は目出度く結ばれて映画は終わる。

科学による人類の進歩、原爆や科学者独裁への反発、遺伝子工学への賛成と反対意見が語られる。牧師による科学者の進歩史観への疑問も描かれる。AIや遺伝子操作などの問題は現代までもつながっている議論である。自然と科学はいつでもそのバランスが問題なのだ。そんなテーマ性よりも、魔法の一陣の風によって人間たちを吹き飛ばしてしまう映画的演出の見事さを見るべき映画だ。そして木の下で昼寝をする心地よさこそ、人間が忘れてはならない大切な時間なのだと、この映画を見てあらためて思った。


1959年製作/フランス
原題または英題:Le Dejeuner sur I'Herbe
配給:日本ヘラルド映画

監督・脚本:ジャン・ルノワール
撮影:ジョルジュ・ルクレール
音楽:ジョセフ・コスマ
キャスト:ポール・ムーリス、カトリーヌ・ルベル、ジャクリーヌ・モラーヌ、フェルナン・サルドゥ、フレデリック・オブラディ
☆☆☆☆☆5
コピーライト 1959 STUDIOCANAL
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