小津の戦後第一作の『長屋紳士録』。この映画は、早いテンポで文句ばかり言う口の悪い飯田蝶子がいい。子役は名子役突貫小僧の異父弟が青木放屁という芸名で出演。
東京はまだ焼け跡が広がっている。数年前に夫も子も失った飯田蝶子は長屋で金物屋をやっていた。ある日、裏の占い師の笠智衆が親とはぐれたらしい戦災孤児のような一人男の子(青木放屁)を連れて帰る。「九段のあたりでついてきたので拾ってきた。泊めてやってくれ。」と言うのだ。町の広場などに戦災孤児がたくさんいた時代だ。長屋の河村黎吉も坂本武も飯田蝶子もみんなで子供を押しつけ合う。まさに厄介者だ。誰が面倒を見るのか、クジで決めようということになり、河村黎吉がクジを作るがみんな×印。それでもせっかちな飯田蝶子が真っ先に×印を見つけて「私だ」と早合点して、仕方なく子供を泊めることにする。翌日、オネショをして濡れた布団を乾かす青木放屁。飯田蝶子は、ポンポンと悪口を言い続けて容赦がない。顔も怖いのだ。子供が茅ヶ崎にいたということで親探しに行くが見つからない。砂浜でおにぎりを食べて、なんとか子供を置き去りにしようとするのだが、子供は走って追いかけて来る。クジを買ったら当たりが出なかったと怒られたり、干し柿泥棒の濡れ衣を着せられて怒られたり、怒られっぱなしの青木放屁だが、口答えするでもなく黙ってじっとしている。そしてまたオネショをすると、朝から子供の姿が見えない。また怒られると思って逃げ出したのだ。次第に子供に情がわいてきていた飯田蝶子は気になってしょうがない。長屋の河村黎吉は、「いなくなってせいせいしたじゃないか」なんて言うが、飯田蝶子は心配そう。そこへまた笠智衆が少年を見つけて連れて帰ってきた。「あんまり怒らんでやってくれ。泊めてやってくれんか」とまた頼むのだ。すっかり母と子のような情が沸いてきて、「うちの子になっちゃうか」なんて言う飯田蝶子。子供に帽子やセーターまで買ってあげて、友人の吉川満子と一緒に動物園に行って、写真館で記念写真まで撮るのだ。すっかり親子気分になったところで、本当の父親(小沢栄太郎)が訪ねてくる。そして子供を連れて帰っていくのだった。
この映画でも記念写真が別れの前の儀式になっている。『戸田家の兄妹』では、戸田家の母の還暦祝で親族が全員集合する記念写真の場面から始まり、やがて主人の死があり、家族がバラバラになっていく物語だった。『麦秋』でもラストの家族の集合写真は、家族離散前の儀式だった。小津にとって記念写真は、別れの予兆なのだ。疑似親子になった飯田町蝶子と青木放屁だったが、記念写真を撮ることで別れを呼び寄せてしまうのだ。
会話のあちこちに小津のコメディセンスが溢れている作品で面白い。『突貫小僧』や『出来ごころ』、『大人の見る繪本 生れてはみたけれど』など無声映画時代から子供の演出は上手いのだ。後年、『お早よう』(1959)という子供が怒られてばかりの作品もある。大人の勝手な都合で理不尽な目に遭う子供を描くことで、大人たちの姿がコメディとして浮き上がる。みんな自分たちが生きていくのに必死だった焼け跡の混乱期で、他人の子を預かり育てる情を描き、見事な人間喜劇になっている。以前に劇団東京乾電池がこの『長屋紳士録』を舞台化していたのを観た記憶がある。
1947年製作/72分/日本
配給:松竹
監督:小津安二郎
脚本:池田忠雄、小津安二郎
製作:久保光三
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
音楽:斎藤一郎
録音:妹尾芳三郎
キャスト:飯田蝶子、青木放屁、河村黎吉、笠智衆、坂本武、吉川満子、小沢栄太郎、三村秀子、高松栄子、長船フジヨ、河村祐一、谷よしの、殿山泰司
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(C)1947松竹株式会社
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