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2025年06月16日21:31

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小津安二郎の異色作『早春』〜サラリーマン生活の哀感と不倫と夫婦〜

1956年の未見だった小津映画『早春』を見た。岸惠子が若々しく可愛らしい。『東京物語』(1953)の3年後、翌年に『東京暮色』(1957)があり、その次の『彼岸花』(1958)から遺作までの6本はカラー映画である。

サラリーマンの生活が冒頭から描かれる。朝、妻(淡島千景)に起こされ、夫(池辺良)が「まだ5分ある」と文句を言い、家を出て蒲田の駅へと急ぐ白いワイシャツ姿の通勤客の波。そしてホームにぎっしり並んでいる人々。同じ蒲田駅から乗る会社のグループ仲間の会話がホームで交わされ、満員電車に揺られて東京駅の丸ビルの会社へ。「毎朝、東京駅に降りるサラリーマンの数は34万人だ」と、ひと電車早く会社に着いたサラリーマン二人が窓を見下ろしながら会話する。横並びの相似形でタバコを吹かす二人。バスと人々が通勤でひしめいている俯瞰ショットが小津映画には珍しく挿入される。そして机で仕事をする横並びのショット。会話の正面からの切り返し。またはセットの家でのローアングル。お馴染みの小津映画のカメラポジションからのカメラ割りと構図が完成されている。ただ会社の無人の廊下を前へとドーリーイン(移動撮影)する映像が珍しくある。

池辺良が会社の仲間である岸惠子と不倫をしてしまい、それが妻の淡島千景にもバレて夫婦仲が悪くなり、一時期は女友達(中北千枝子)の家に転がり込み、別居状態にもなる。そんな時、夫の池辺良が会社の転勤で岡山県の三石に異動となり、最初はひとりで行くのだが、後に妻の淡島千景もやって来て、夫婦は心機一転、田舎暮らしからやり直すという物語。

小津映画に多い家族映画というより、サラリーマン映画だ。サラリーマンの悲哀と言ったものが描かれており、会社仲間のグループショットが多いのだ。仲間の部屋にみんなで集って麻雀したり、酒を飲んで歌を歌ったり、休みの日にみんなでピクニックに行ったりするとても仲のいい仕事仲間なのだ。奥さんも連れてきてもいいような仲間のピクニックなのだが、その日は妻の淡島千景は来なくて、池辺良と岸惠子が急接近するキッカケとなる江ノ島へのピクニックが描かれる。キンギョというあだ名の岸惠子が、みんなに黙ってトラックをヒッチハイクして池辺良と二人で荷台に乗って、歩いているメンバーを追い越していくシーンがあるのだ。

ここで注目したいのが、「トラック」という車の荷台に二人だけが乗るということだ。満員電車が最初に描かれたように、いつも朝の通勤電車を共有している仲間が、ヒッチハイクのトラックで二人が抜け駆けする。仕事と結びついた電車と、恋愛と結びついたトラック。これは仲間からしてみたら裏切り行為だ。岸惠子は後半、仲間から突き上げを食らい、涙しながら池辺良のところにやって来る。しかし、池辺良はそんな岸惠子を冷たく突き放す。そして最後に三石への移動途中で、池辺良が結婚の仲人の笠智衆に挨拶に行く場面で、二人で川を見ながら話をしているとボート部のボートが橋の下を通過していく。「あの時分が一番いい時代だ」と笠智衆が青春時代を懐かしむ。みんなで呼吸を合わせて漕ぐボートというのも、仲間との青春の乗り物と言える。「いろんなことがあって、だんだん夫婦になるんだよ」と笠智衆から池辺良は夫婦仲のことを諭される。そして最後にもう一つ乗り物が出てくる。三石での汽車(SL機関車)だ。煙を吐き出す煙突が何本も立つ三石の街。淡島千景が汽車で三石までやって来た。そして夫婦二人で部屋の窓から見える東京へ行く汽車を見送る。「2、3年なんてすぐよ」と淡島千景が言いながら、二人で汽車を見送る相似形の横2ショットで映画は終わるのだ。通勤電車、トラック、ボート、そして汽車と、乗り物を巧みに使った映画でもある。

また、この映画には夫婦の二人の間にかつていた男の子の死と、戦争体験の戦友の死、そして池辺良の同期で同僚の死という三つの「死」が描かれる。「死」は後期の小津映画にあっては、必ずつきまとっている気配である。死者の不在とともに、いつも登場人物は生きている。ここでは、淡島千景は息子の死を抱え続けている存在だ。だから、息子の命日も忘れてしまった夫の池辺良のことが許せない。そして池辺良は、浮気をして家に帰らなかった翌日、その帰れなかった理由を「同僚へ見舞いに行って、友達のところに泊まった」と嘘をつく。その理由を尋ねる場面の夫婦のやり取りは、影を使った演出がされている。実際に彼は、死の床にある同僚ヘの見舞いをキャンセルして、岸惠子とデートをしたのだ。「死」をなおざりにして生きているかのようだ。また戦友の集まりでは、死んだ友のことが語られ、その死んだ男の未亡人が戦後に結婚した話をして、「俺たち、生きて帰って来れて良かったよな」なんてしんみりしたりする場面もある。さらに酔った戦友を家に連れて帰り、妻の淡島千景の不興を買う。

そしてなんといってもこの映画で哀切なのは、池辺良が同僚の三浦(増田順二)を見舞う場面だ。「会社の思い出が恋しくなる」と饒舌に会社のことを語る死の床にいる友の言葉。この場面も影が効果的に使われている。そして小津映画の定番の斎藤高順の軽やかな音楽が小さく流れているのだ。その翌朝、昨夜に見舞った友が死んだことを聞くのだ。通夜の席でも斎藤高順の軽やかな音楽が小さく流れているのも印象的だ。死が日常とともにあるような印象。

池辺良の戦友の加東大介と三井弘次は職人であり、毎月給料をもらってボーナスも出て、エラくなるサラリーマンの池辺良を羨ましがる。一方、サラリーマンの池辺良は手に職のない自分を情けなく思う。脱サラして妻(三宅邦子)と店をやっている会社の先輩の山村聰は、サラリーマンのイヤなところを見ずに死んでいった三浦は「幸せだったかもしれない」と通夜の席で語る。毎日決まった時間に起きて、満員電車に揺られ、異動や転勤もあり、上司や会社の愚痴もあり、エラくなれるのは一部の奴だけ。思ったほど給料も上がらないサラリーマン稼業を映画は皮肉を込めて描いている。

淡島千景は小津映画では『麦秋』(1951)に原節子の明るい女友達役で出ていたが、本作では落ち着いた妻役だ。岸恵子は小津映画はこれだけだが、小津映画では珍しい男を誘惑する可愛い悪女役である。池辺良とのキスシーンもあり、一夜をともにした後の朝の気だるい雰囲気も描かれる。好きな男には自分からどんどん仕掛ける現代娘であり、この映画の魅力を支えている。


1956年製作/144分/日本
原題または英題:Early Spring
配給:松竹

監督:小津安二郎
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
音楽:斎藤高順
録音:妹尾芳三郎
照明:加藤政雄
キャスト:池部良、淡島千景、岸惠子、浦辺粂子、田浦正巳、宮口精二、杉村春子、高橋貞二、藤乃高子、笠智衆、山村聰、三宅邦子、増田順二、長岡輝子、東野英治郎、中北千枝子、須賀不二男、田中春男、糸川和広、長谷部朋香、諸角啓二郎、荻いく子、山本和子、中村伸郎、永井達郎、三井弘次、加東大介、菅原通済
☆☆☆☆4
コピーライト1956 松竹株式会社

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