ジョセフ・ロージーの妖しい世界にすっかりハマってしまった。どの作品も面白い。『エヴァの匂い』(1962)における男を手玉にとるような女の魔女ぶり。それは『召使』(1963)でも女の誘惑の罠にはまり欲望に惑わされる男が描かれるのだが、本作『できごと』(1967)もまたダーク・ボガード演じる大学教授スティーブンが教え子のアンナ(ジャクリーン・ササール)の魔性ぶりに囚われてしまう映画だ。ニコラス・モスレーの同名小説を、『召使』と同じくハロルド・ピンターが脚色。ダーク・ボガード主演も同じだ。『召使』と違ってカラー作品だが、ブロンド美女のジャクリーン・ササールの美しさと男を見つめる目線がダーク・ボガードを惑わす。
夜の屋敷が映し出され、車の急ブレーキ音と事故を思わせる衝撃音が聞こえる。屋敷の主人スティーブンが転倒した車に駆けつけると、割れたガラス越しに見える気絶した二人の男女。白いフェザードレスを着た女はどうやら意識があるらしい。スティーブン(ダーク・ボガード)が若い女アンナ(ジャクリーン・ササール)を抱きかかえて救出するシーンから始まる。「顔を踏むな」、アンナが死んだ男の顔を踏みそうになって叫ぶスティーブン。一緒に乗っていて死んだ男は教え子のウィリアム(マイケル・ヨーク)。車には酒瓶が転がっている。アンナが運転していたのか。しかし、スティーブンはアンナが車に乗っていたことを警察に隠し、ウィリアム一人の泥酔運転による事故死だということにする。ベッドに横たわる白いドレスから見えるアンナの足・・・。それを見つめるスティーブンの視線。闇に浮かぶ白いドレスが効果的だ。
そこから時間が遡って、教え子のウィリアムが同じ教え子であるアンナに興味を持っていることをスティーブンが告げられる場面になる。ウィリアムは貴族出身の生徒でスティーブンに何かと相談しているようだ。スティーブンには妻ロザリンド(ヴィヴィアン・マーチャント)が三人目の赤ん坊の出産間近で、男の子と女の子の2人の子供がいる幸せな家庭のパパだ。あるとき、ボートに乗っているウィリアムとアンナに出会うスティーブン。二人はすでに付き合い始めたのか?一緒に乗らないかとウィリアムに誘われて、アンナの隣でボートに乗るスティーブン。スカートから見えるアンナの眩しい足、すぐそばにあるアンナの横顔や肌にスティーブンは目を奪われる。アンナの肢体が美しい光の中で描かれる。スティーブンは誤ってボートから川に落ちるのだが、それは音だけで表現される。スティーブンとウィリアムの教授室で酒を飲む親密な空気が描かれるが、「孤立するのは貴族だからだ」「貴族は殺される?」と不吉なことを言うスティーブン。
日曜のランチにウィリアムとアンナを自宅に招いたスティーブン。なぜかそのランチにやって来た同僚のチャーリー(スタンリー・ベイカー)。オープンカーにチャーリーと一緒にいるアンナ。この自宅でのランチのシーンからそれぞれの関係が微妙な交わり方をするのが面白い。庭の芝生でそれぞれが寛いでいる場面、チャーリーはウィリアムに小説の書き方について話をしている。そして例え話で、「スティーブンが女子学生と不倫している。若い子に手を出さずにいられない。でも罪悪感があるから話を作ってしまう。」と言い出す。それを聞くスティーブン、そして妻のロザリンド、アンナ。微妙な空気が流れる。4人はテニスをしてボールを打ち合い、ウィリアムがアンナを散歩に誘うと彼女は断り、スティーブンの横で無防備に目をつぶって寝転がる(写真)。スティーブンが散歩に行こうとすると、今度は一緒に散歩に行きたいと言うアンナ。二人の間に何か始まるのではないかという感じになるが、真面目なスティーブンはアンナの手を触れることもしない。森の中を歩き、見晴らしのいい場所で二人で過ごす場面は、まさにデートシーンだ。あの美しい川でボートに乗ったときのように、美しい光の中で二人のシーンが撮影されている。しかし、二人の間には何も起こらない。太陽の光の下で、スティーブンはアンナに何も出来ない。アンナへの秘かな思いを抱えているだけだ。
夕食まで食べて酔っ払ったウィリアム。みんなが泊まっていくことになった。そして酔ったスティーブンも自分の寝室に引き上げようとしたとき、階段を昇っていく誰かの足が見えた。後ほど、チャーリーとアンナはこのとき関係がすでに出来ていたことが明かされる。この夜も二人は寝ていたのだ。妻のロザリンドが出産のため実家に帰っている間、ウィリアムはロンドンへ行って、元妻(デルフィーヌ・セイリグ)と食事をし、セックスをする。そして家に戻ってくると、なぜかチャーリーとアンナが自分の家にいた。腹が減ったとオムレツを一人で作り食べるスティーブ。そして2人が使っていた寝室を見る。チャーリーは言い訳をする。アンナの提案で逢引きでこの部屋を使うことにしたというのだ。スティーブンに遠慮は無用だと、アンナから言われたとチャーリーは言う。なんと勝手な提案だろう。アンナはスティーブンが自分に夢中なのを利用して、好き放題しても許されると思っていたのだろうか。それとも、自分に夢中なスティーブンの心を弄んで、からかっているのだろうか。チャーリーはアンナの虜だと言う。スティーブンは、二人のために今後は窓からではなく玄関から入って部屋を使えとご丁寧に鍵を渡す。スティーブンとチャーリーはどういう関係なのか?二人で何か共謀しているのか?理解に苦しむ。
アンナとウィリアムは単なる友達関係だとチャーリーは言っていたが、その後、アンナはウィリアムと婚約をする。ウィリアムの貴族の屋敷での奇妙なゲームの描写がある。男たちの身体をぶつけ合うラクビーのようなゲーム。あれは何を意味するのか。死を賭して争う貴族たちのゲーム?クリケット場で二人の婚約を聞いたスティーブンは、チャーリーとも会う。その時のチャーリーのウィンクは何を意味するのか?ウィリアムはアンナとの婚約を告げるため、夜にスティーブンのところにやって来て、あの自動車事故に遭ったのだった。この事故は、誰かの策略なのか?ウィリアムは誰かに殺されたのか?アンナが運転しての事故なのか?二人の間に何があったのか?チャーリーが何か企んだのか?ウィリアムの事故死にはどんな真実が隠されているのか、映画は明らかにしない。
そして最初の夜のシーンになり、スティーブンはウィリアムが死んだことをアンナに耳元に告げ、アンナを襲う。アンナを事故から匿ったスティーブンは、そんな弱みにつけ込んだかのようにアンナにキスをする。そして抱く・・・。自らの欲望を歪んだ形で表した男。涙を流し、アンナの無表情な虚ろな目がなんとも言えない。ロザリンドは男の子を産んだが、「あの子、うまく呼吸が出来ないのよ」と告げる。その後、アンナは無表情なまま、故郷のオーストリアに帰っていった。
ハッキリとしたことは描かない。すべては曖昧なまま。アンナが何を考えていたのか?謎のままだ。スティーブンのことをどう思っていたのか?スティーブンはアンナに惑わされ、囚われてしまったのか。あるいはスティーブンとチャーリーの関係は?なぜ家の鍵まで渡し、スティーブンはチャーリーに協力したのか?チャーリーがその見返りに何かスティーブンのためにしたのか?ウィリアムが死んだのは貴族であったことと関係あるのか?スティーブンがアンナを抱いたのは、復讐なのか?映画は、どうとでも考えられるように作られている。事故死の原因は観客が想像するだけだ。交通事故に遭った夜の悲劇が、それぞれの心に傷跡を残し、それぞれがバラバラになっていく。ジョセフ・ロージーは、人物関係が複雑に絡まっていくさまを描くのが上手い。知らないうちに知らないところで関係が始まり、知らないうちに妄想に囚われ、関係がもつれ、破綻していく。素晴らしい傑作だ。
1967年製作/イギリス
原題または英題:Accident
配給:東和
監督:ジョセフ・ロージー
脚色:ハロルド・ピンター
原作:ニコラス・モスレー
製作:ノーマン・プリッゲン、ジョセフ・ロージー
撮影:ゲリー・フィッシャー
音楽:ジョン・ダンクワース
キャスト:ダーク・ボガード、スタンリー・ベイカー、ジャクリーヌ・ササール、マイケル・ヨーク、ヴィヴィアン・マーチャント、デルフィーヌ・セイリグ
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