このスクリューボール・コメディの傑作と言われるハワード・ホークスの『赤ちゃん教育』をこれまで見なかったのは不覚だった。映画ファンとしてとして恥ずかしい限りである。ものすごいテンポで次から次へと予測のつかないボールが投げ込まれ続けるこの喜劇を傑作と呼ばずして、なんと呼ぶ。
スクリューボール・コメディとは「1930年代初頭から1940年代にかけてハリウッドで盛んに作られたコメディ映画のサブジャンル。常識にとらわれない登場人物、テンポのよい洒落た会話、つぎつぎに事件が起きる波乱にとんだ物語などを主な特徴とする。「スクリューボール」は当時のクリケットや野球の用語で「スピンがかかりどこでオチるか予測がつかないボール」を指し、転じて突飛な行動をとる登場人物が出てくる映画をこう呼ぶようになった。(Wikipedeiaより)
恐竜の骨の組み立てに4年間夢中になって取り組んできた古生物学者デービッド(ケイリー・グラント)は、翌日に結婚する予定の婚約者がいた。恐竜の骨の最後のピース「肋骨鎖骨」も発見され、それが送られてきて恐竜の骨もいよいよ完成。あとは博物館に百万ドルの寄付をしてもらえば未来の研究も問題なし。その寄付の大切な相手であるランダム夫人の弁護士ピーボディに会いにゴルフ場に向かう。ところがこのゴルフ場で出会ったスーザン(キャサリン・ヘプバーン)という女性が凄い女性なのだ。デービッドはスーザンと出会ったことによって、次から次へとトラブルに巻き込まれていく・・・。
とぼけたワガママお嬢さんのキャサリン・ヘップバーンのマイペースぶりが凄い。ゴルフで他人のボールは勝手に打って入れてしまうかと思うと、自分の車が動かせなくて、デービッドの車を勝手に運転してぶつけまくって去って行く。デービッドの顔が木々の上から顔を出して移動していく映像が面白い。さらにパーティ会場では、口に入れるオリーブ投げに夢中になって、そのオリーブで転ぶデービッドと再会。そして間違えた夫人のバッグをデービッドに渡してまた一騒動。タキシードが破れるし、スーザンのスカートのお尻も破れ、二人でくっつき合って会場を出て行く。ここまで一気に異常な事態が展開する。早口でまくし立てる二人の会話が楽しい。タキシードの破れを縫って直したスーザンが、デービッドに婚約者がいることを聞いて、初めて彼女のアップが入る。お互いトラブルメーカーだと避け合っていた二人だが、スーザンの気持ちが少しずつデービッドに関心を持ち始める。そしてデービッドがすれ違ってしまった弁護士の家を知っているからと、夜遅くに行って窓に石を投げようとして、出てきたピーボディ氏の額に石を当ててしまうのだ。ここは子供のイタズラのように、二人で同じ石を投げるアクションが二人の距離を縮めさせる。「もう二度と君には会わない」と怒って車から降りるデービッドが転ぶと、それを車の中から見るスーザンの顔のヨリで再び入る。トラブルが続きながらも、スーザンの気持ちの変化を描いていく。
さらに翌日、本物の豹(ベイビー)がスーザンの兄から贈られてきて困ってデービッドに電話すると、襲われそうになる音を電話口で聞いたデービッドはスーザンを助けに行く。襲われていないのに、襲われているかのような音を電話口に聞かせるスーザンは、ここでは明らかに作為的にデービッドを呼び寄せている。ここからは豹をめぐるトラブルが次々と起き、博物館に寄付する予定だった女性はスーザンの伯母さんだったことで、ますます話がこんがらがっていく。伯母さんの家に二人で豹を連れて行くが、シャワーを浴びているうちに、スーザンによって汚れた背広を洗濯に出されてしまい、裸に女性もののガウンを纏ってデービッドは伯母さんと対面。ここでのスーザンは、明らかにデービッドの結婚を意図的に妨害している。さらにデービッドに送られてきた大事な恐竜の肋骨鎖骨を犬のジョージが広い庭のどこかに埋めてしまう。そして、豹のベイビーが庭に逃げ出して、さらに近くのサーカスで人を襲った凶暴な豹も間違って檻から出してしまって、豹もこんがらがって大騒動。最後はみんなが警察の留置所に入れらてしまう。
とにかくテンポ良く次々と展開するトラブルがお見事で笑えるのだ。「赤ちゃん教育」という日本語タイトルが、映画を違った印象にしてしまっているが、赤ちゃん(ベイビー)とは、この豹のこと。豹と犬が絡んで、その動物たちに人間が振り回される構図がなんともバカバカしく面白い。ハワード・ホークスはチンパンジーとか動物を使うのが好きなようだ。それだけ映像にドキドキ感が生まれる。それはコントロールし得ないリアルな動物と演じる役者たちのフィクションが同じ画面に収まるから面白さが増すのだ。
庭で二人で転んで、メガネが壊れて「メガネなしが素敵よ」と言ったり、片脚のヒールが折れて歌いながら上下にステップしたり、突然「嫌われた」と思って泣き出したり、無邪気な中に作為性が見えたりする特異なキャラクターの女性をキャサリン・ヘップバーンが軽やかに演じている。この泣いた場面で、二人は顔を近づけ、ケイリー・グラントは思わずキスをしようとするが止めるところの演出も細かい。さらに留置所でヤクザの情婦を演じて窓から脱出するくだりも笑える。最後は、婚約を破棄されたデービッドだが、スーザンが寄付の百万ドルをもらうことになって博物館に寄付し、「肋骨鎖骨」も出てきて、二人は愛を確認して大団円。4年間かけて作った恐竜の骨は壊れてしまったが、高い場所からの落下を免れたスーザンとデービッドは二人抱き合う。
「捧げるのは愛のみ」という歌を豹(ベイビー)が好きという設定も、二人で歌を歌わせるシーンにつながっていて上手いし、豹の鳴き声が上手な猟師のおじさんも登場させて、実際の豹の鳴き声と重なりあう演出もある。とにかくドタバタのすべてが見事につながっていきながら展開するストーリー、そして二人の会話のやり取りのテンポと巻き込まれていく人々の混乱ぶり、二人の細かな変化の演出など見応え十分。あらゆる喜劇のお手本となるコメディの傑作である。
婚約が別の相手との出会いによって妨害される話は、フランク・キャプラの名作『或る夜の出来事』(1934)と似ているが、喜劇のテンポと展開はこちらの方が面白い。ジャン・ルノアールの『ゲームの規則』(1939)もドタバタ喜劇の傑作だが、この時代の喜劇は何度も見ても発見がある素晴らしい作品が多い。
1937年製作/102分/アメリカ
原題または英題:Bringing Up Baby
監督:ハワード・ホークス
製作:ハワード・ホークス、クリフ・リード
原作:ヘイガー・ワイルド
撮影:ラッセル・メティ
音楽:ロイ・ウェッブ
美術:バン・ネスト・ポルグレイズ ペリー・ファーガソン
キャスト:ケイリー・グラント、キャサリン・ヘプバーン、バリー・フィッツジェラルド、フリッツ・フェルド、バージニア・ウォーカー、チャールズ・ラグルス、ウォルター・キャトレット、メイ・ロブソン、レオナ・ロバーツ、ジョージ・アービング、タラ・バーレル、ジョン・ケリー
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(C)RKO Radio Pictures / Photofest / ゲッティイメージズ
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