フリッツ・ラングという監督は、『ドクトル・マブゼ』(1922)『メトロポリス』(1927)や『M』(1931)などドイツでサイレントからトーキー初期にかけて、ドイツ映画を代表する数々の作品を手がけて名を成していた。ところがアドルフ・ヒトラー政権が誕生し、ユダヤ人の母を持つユダヤ系ドイツ人であるラングの立場は危険なものになった。それでもナチス・ドイツの宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルスはラングの才能を評価し、取り込もうとしていた。自身はナチスに傾倒する妻と離婚し、フランスに渡り、アメリカへと亡命した。ハリウッドに移ってからは、『激怒』(1936)、『暗黒街の弾痕』(1937)、そしてこの『死刑執行人もまた死す』(1943)、『飾窓の女』(1944)、『スカーレット・ストリート』 (1945)、『復讐は俺に任せろ』 (1953)などを撮って活躍。1950年代末に西ドイツに戻って自作のリメイク『怪人マブゼ博士』(1960)を撮り、これが最後の作品となった。1965年にはジャン=リュック・ゴダールの『軽蔑』に自身の役で特別出演している。
本作は、第2次大戦中のチェコスロバキアのプラハを舞台にした、ナチスの恐怖政治とその戦いを描いた作品だ。「死刑執行人」と呼ばれたラインハルト・ハイドリヒ副総督はプラハ城に総督府を設置し、ヒトラーの名のもとに恐怖政治を行っていた。一方、ナチスから祖国を守るために市民で地下組織が組織され、秘かに活動をしていた。そんなある日、「死刑執行人」のハイドリヒ副総督が暗殺された。ゲシュタポによる厳しい暗殺者探しが始まる。ここで注目すべきは、その暗殺シーンは描かれないことだ。なにやら怪しげに身を隠そうとする男が出てくるだけだ。最初その男が何者なのか観客にはハッキリ分からない。その男を待っていた車の運転手がゲシュタポに連れて行かれ、男はゲシュタポから身を隠す。花屋で花を買っていた女性マーシャ・ノヴォトニー(アンナ・リー)がゲシュタポに嘘を伝え、男は難を逃れる。
街は戒厳令が敷かれ、夜7時以降は外出禁止。ハイドリヒ暗殺の知らせを受けて、映画館では観客たちの拍手が起き、恐怖政治が行われつつもチェコスロバキア市民は心情的には反ナチだ。マーシャは教授の父(ウォルター・ブレナン)、母(ナナ・ブリアント)、弟のボタ(ビリー・ロイ)と住んでいて、ヤン・ホレック(デニス・オキーフ)というフィアンセがいた。夜の外出禁止でフィアンセが帰った後に、マーシャを訪ねて逃げていた男、医師フランツ・スボボダ(ブライアン・ドンレヴィ)が家にやって来る。どうやらこの男が暗殺犯らしい。夜になって外出できないので、家に泊めてズボボダを匿ったのだが、ゲシュタポは犯人が捕まるまで有識者の市民を逮捕・連行をはじめ、ノヴォトニー教授も連れて行かれた。ノヴォトニー教授は歴史学者で共和党の創始者だった。その連行された市民の数は400人にのぼり、医師のスヴォボダも自首するかどうか悩む。しかし地下組織の仲間に、「これはチェコ人のナチの恐怖に屈しないという戦いなんだ」と止められる。マーシャもズボボダに「自首して父を救ってくれ」と頼みに来るが、自分を匿ったことでノヴォトニー家族全員が殺される危険を考え、自首を断わる。一度はゲシュタポにズボボダのこと密告しようとしたマーシャだったが、ゲシュタポに行くことを市民から非難され、ゲシュタポの市民への酷い制裁を目の当たりにして、密告を思いとどまる。犯人を匿ったマーシャのことを守る花屋の女主人、ノヴォトニー教授や家の者たちもゲシュタポに尋問される。ゲシュタポは非協力的な市民に手を焼くが、犯人が捕まるまで連行した市民たちを毎日3人ずつ処刑しはじめる。しかし、拘束された市民たちも「決してチェコスロバキア市民はナチに屈しない。炎を燃やし続けろ」と気勢をを上げる。
そんなとき、地下組織のメンバーの一人であるチャカ(ジーン・ロックハート)がゲシュタポのスパイであることが分かる。そしてゲシュタポのグリューバー警部に賄賂も渡していた。メンバーがチャカを捕まえようとしたところに、チャカの手引きでゲシュタポが突入してきてメンバーは殺害される。しかしリーダーのデディッチは逃げた。ゲシュタポはマークしていたズボボダの家にやって来るが、負傷したリーダーを匿っていたスヴォボダはマーシャとの情事の最中と装い、追求をかわす。そしてレストランでマーシャとスヴォボダは、チャカが暗殺犯だとゲシュタポに告げる。チャカは暗殺時のアリバイを主張するが、市民たちによって次々とそのアリバイが崩されていく。そしてレストランでズボボダが手に入れたチャカの「E.C」というイニシャル入りのライターを物的証拠としてゲシュタポに渡す。ズボボダたち地下組織が市民にチャカが犯人だと協力を呼びかけたのだろう。そういう裏工作の場面は一切描かれない。チャカは、自分のアリバイを証言してくれるはずの唯一の証人グリューバー警部が現れるのを待つが、グリューバー警部はズボボダに殺され、チャカの家の地下室で見つかる。さらに彼の家から暗殺に使われた拳銃も発見される。見事にチャカは市民たちによって二重スパイである暗殺者に仕立て上げられ、ゲシュタポに殺される。しかし、ノヴォトニー教授をはじめ拘束された市民は処刑されてしまった。チェコスロバキア市民たちが処刑された者たちの墓に花を手向けるのを、少し離れた木の陰から静かに見守るズボボダがいた。その後の調べで、チャカは暗殺者ではないと分かるが、ナチの威信のためチャカを犯人にすることで事件解決という指令がプラハ占領本部に届く。
なんとも救いのない話だ。反ナチの地下組織の献身的、英雄的な行動を讃えるわけでもなく、ゲシュタポの恐怖政治とチェコ市民たちの静かな反抗が描かれるだけだ。地下組織の暗殺者の男は、多くの市民を人質に取られ自首を促されるが、自首してもナチの抑圧と恐怖政治は変わらないと考え、ジレンマを抱え続ける。ナチの手先を殺しても、英雄ではないのだ。かえってナチの報復が強まってしまった。拘束された市民は結局は殺されてしまう。ナチのスパイであった男を暗殺者に仕立て、市民によるささやかな復讐は成されるが、決してそれで溜飲を下げるような結末ではない。カタルシスのない映画なのだ。フリッツ・ラングはドイツでナチズムと接点を持ち、多くの葛藤を抱え、人に語れぬような地獄も垣間見たことだろう。それが単純な勝者と敗者、善と悪として物語を描かない。多くの矛盾や葛藤や地獄など、救われぬ運命を描く。そんな運命の非情さをいつも感じさせてくれる。
盗聴されているのを分かってメモを見ながら恋愛芝居をするズボボダとマーシャ。扉の向こうにまだ帰っていないグリューバー警部がいることを察知してマーシャが芝居を続けたり、あるいは綺麗な口紅の後を見て、グリューバー警部がその細工に気づいたり、細かい演出が随所にある。そして次々とチャカを陥れる証言をする市民たち。騙し合いの駆け引きが単なる反ナチ映画では終わらない映画の面白さを膨らませていた。同じドイツからの亡命者であるベルトルト・ブレヒトの原案であり、脚本に名を連ねている。ラストの字幕は「Not The End」。
1943年製作/134分/アメリカ
原題または英題:Hangman Also Die
配給:ケイブルホーグ
監督:フリッツ・ラング
脚本:ベルトルト・ブレヒト、フリッツ・ラング、ジョン・ウェクスリー
原案:ベルトルト・ブレヒト、フリッツ・ラング
製作総指揮:アーノルド・プレスバーガー
撮影:ジェームズ・ウォン・ホウ
音楽:ハンス・アイスラー
キャスト:ブライアン・ドンレビ、ウォルター・ブレナン、アンナ・リー、ジーン・ロックハート、デニス・オキーフ、アレクサンダー・グラナック、ビリー・ロイ
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画像(C)1943 Arnold Productions. All Rights Reserved.
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