mixiユーザー(id:3912568)

2025年03月17日16:29

46 view

「暗黒街の弾痕(1937)」フリッツ・ラング〜追い詰められた男女の逃亡劇の傑作〜

あまり見ていなかったフリッツ・ラング作品をいくつか見る。やはり凄い。クリント・イーストウッドは明らかにフィリッツ・ラングの流れを汲む映画監督であるし、ヌーヴェル・ヴァーグの監督たちだけではなく、世界の多くの映画監督がフリッツ・ラングの影響を受けているだろうことは容易に想像が付く。それだけ劇的であるし、サスペンスフルに容赦なく人間を追い込んでいき、その深い闇を描き出す手法は見事なものだ。特に群衆や一般庶民の怖さを描いているところが、なおさら凄いところだ。人間の闇は底知れない。

さてこの『暗黒街の弾痕』だが、逃げる男と女の話だ。どちらかというとシルヴィア・シドニーが主役かもしれない。映画はなぜ美しいお嬢様であるジョーン(シルヴィア・シドニー)が前科三犯のエディ・テイラー(ヘンリー・フォンダ)に恋をしたのかは描かれていない。官選弁護士スティーヴン・ウィットニー(バートン・マクレーン)の優秀な秘書であるジョーンはエディが3年間の拘留を経て保釈となり、秘書を辞めてエディと結婚するつもりだ。姉のボニー(ジーン・ディクソン)などまわりは首をかしげている。ウィットニー弁護士の働きかけのおかげで出所が決まり、刑務所内で世話になったドーラン神父(ウィリアム・ガーガン)の2人に見送られてエディは刑務所を出て、運送会社のトラック運転手となる。前科者のエディに対する世間の冷たい目。ジョーンはすぐにエディと結婚したが、前科者ということで部屋をすぐ追い出される。宿にあった小さな池で二匹のカエルが鳴いている。「一匹が死んだラ、もう一匹も死ぬ。お互いがいないと生きていけないんだ」というカエルのエピソードを語り合う二人。池の水に映る二人の姿。「出会ったときは悪党だと知らなかった」「嫌いだというために面会に行ったら、間違って愛していると言っちゃった」と語るジョーンとエディの幸福なシーンが描かれたと思うと、すぐに二人は部屋を追われてしまう。

束の間の幸福とそれ以上の不幸が繰り返され、二人は世間から追い込まれていく。庭にブランコがある郊外の小さな家をジョーンに見せて購入することにしたエディだが、その家を二人で見ていたことでエディは会社への連絡が遅くなり、いきなりクビを言い渡される。もともと前科者のエディに偏見を持っていた社長だったのだ。社長は家族との時間を大事にするいい父親だが、前科者のエディには冷たい。前科者への偏見を持つ者が根っからの悪人ではない描かれ方をするところが上手い。前金を払って家の購入を決めたのに残りの金を払えなくなったエディは職を探すが見つからない。刑務所仲間の男と暮らす部屋。ベッドに隠していた拳銃が映し出される。社長にもう一度頭を下げるが受け入れてもらえず、エディは社長を殴ってしまう。

そんなとき、雨が激しく降る日に銀行強盗事件が起きる。毒ガスの煙がたちこめ、雨と煙と傘、そして煙に苦しむ男たち。その俯瞰ショット。銀行の現金を積んだトラックを強奪される。犯人の車の窓の隙間から見える目だけのアップ。そして犯人はガスマスクをしているため、観客もエディかどうかは分からない。ただ「E.T」とイニシャルの入った帽子が犯人の傍らに映し出される。そして車が道路建設中の通行止めの道に入っていき、ブレーキ音と崖から落ちた車の音だけが画面に響く。そしてエディが同じ雨の中、一足早く新居に住んでいたジョーンのところにやって来るのだ。手に拳銃を持って。銀行強盗の場面とエディがやって来るところを同じ雨でつないでいるところが、エディを犯罪者のように見せて上手い。犯人が乗り捨てた車にはエディの「E.T」の頭文字の入った帽子が残されていたと新聞記事で報じられていた。エディは「帽子は盗まれたもの」で、身の潔白を訴え逃走しようとするが、ジョーンは無実を証明しようと自首を勧める。そこへ警官が現れて彼は捕まり、裁判の結果、死刑が宣告される。冤罪で死刑・・・。どこまでも物語は非情に二人を追い詰める。

「なんでもするから」と謝罪のため面会に来たジョーンに、エディは「拳銃をくれ」と小声で言う。ここからジョーンが犯罪に加担する女へと変わっていく。しかしこっそり拳銃を渡そうとするのもドーラン神父に見つかり、ジョーンは「カエルの話」のように自分も死ぬことを決意し、神父に伝言を頼む。刑務所の格子が印象的な光と影で描かれる。死刑執行の直前、エディは自ら怪我をして病院に入れられる。エディが自らカップで手を切って怪我をするシーンも直接的には描かない。エディの顔と足下にしたたる血、そして看守のコーヒーを飲む顔にカップが落ちる音がする。慌てる看守の姿・・・という感じで、音や画面にあえて映さない演出がこの映画では随所に見られる。囚人仲間の助けを借りて病室で拳銃を手に入れたエディは、その拳銃で医師を人質にとって脱獄を図る。夜の刑務所の闇と霧がサスペンスを高めている。刑務所の所長、エディ、医師の声が霧の闇の中で行き交う。

そんなとき、銀行強盗をした犯人の車が川の中から見つかり、真犯人がわかり、エディの無実が証明されて、死刑の中止と釈放の知らせが刑務所に届く。ドーラン神父が自由に身になったことをエディに告げて近づくが、誰も信じられなくなったエディは罠だと思って神父を撃ち殺してしまうのだ。ここでも霧の中での神父のシルエット、そして銃声。神父の「私は被弾していない」という声とともに、門が開かれエディは出ていく。そして霧の中で倒れる神父の姿にエディを追うマシンガンの銃声が響く・・・。という具合に見事な音の演出と霧と闇とシルエット、そして映像で描かないことがこのシーンを見事な名場面にしている。

弁護士のウィットニーはジョーンに車を提供し、ジョーンとエディは車で逃亡する。警察から追われながらの二人の逃避行。その旅行中にジョーンは赤ちゃんを産み、その赤ちゃんを秘かにウィットニーと姉のボニー(ジーン・ディクソン)に托した二人は、ようやく国境近くまでたどりつく。途中、二人を見たガソリンスタンドの男が警察にレジの金も盗まれたと嘘を言ったり、タバコを買っているジョーンを見かけた男が懸賞金目当てに密告する場面が描かれる。そして国境近くの森の中で、警官隊に包囲され、二人は銃弾を浴びて倒れるのだ。

映画『俺たちは明日はない』と同じだなと思ったら、ボニーとクライドをモデルにした最初の映画化作品がコレだったそうだ。美しく朗らかなお嬢さんだったシルヴィア・シドニーが、人殺しの逃走犯を助けて車を運転し、ショーウィンドーを叩き割って食べ物を盗む逞しき意志の強い女へと変貌していく。「かわいそうなジョーン。国中の犯罪を2人で背負わされている」というウィットニー弁護士の台詞もあるが、何度も被弾しながらも山の中で野宿し、嵐のような暴風雨の中で壊れた窓ガラスに風が吹き込む車で逃げ続ける二人。「恋人たちはみんな家の中だ。僕らも一度そうだった。ほんの数分だけ」と、家の中で過ごす幸福が二人には与えられなかった不幸をエディは嘆く。「どこでも家よ」というジョーン。運転する彼のためにタバコに火をつけて渡す仕草は、もう逃亡する犯罪者の情婦のようだ。そしてマシンガンで背後から撃たれて、森の中で抱きかかえながら「あなたのためなら何度でもするわ、よろこんで」と言って息絶えるジョーン。背後から撃たれたエディに「エディ、君は自由の身だ。門が開いた」と言う声が被さり、エディも息絶え、映画が終わる。

二匹のカエル、E.Tというイニシャル入りの帽子、そして拳銃。具象的なモノたちが映画を動かし、二人の運命を表象し、大きく人生を変えていく。または音で表現すること、映像であえて見せないことで、より豊かな表現を作り出している。世間から徹底して排除されていくための偏見、悪気のない庶民の密告が二人を地獄へと突き進ませるのだ。見事な犯罪映画であり、追い詰められる二人の悲恋物語になっている。


1937年製作/アメリカ
原題または英題:You Only Live Once

監督:フリッツ・ラング
脚本:ジーン・タウン、グラハム・ベイカー
撮影:レオン・シャムロイ
キャスト:シルヴィア・シドニー、ヘンリー・フォンダ、バートン・マクレーン、ジーン・ディクソン、ウィリアム・ガーガン、ウォーレン・ハイマー、チャールズ・チック・セール、マーガレット・ハミルトン、グイン・ウィリアムズ、ジェローム・コーワン、ジョン・レイ、ジョナサン・ヘイル、ウォード・ボンド
☆☆☆☆☆5
2 3

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年03月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031