mixiユーザー(id:3912568)

2025年02月28日20:19

85 view

「ゆきてかえらぬ」根岸吉太郎〜文学史に残る大正ロマンの三角関係〜

良くも悪くも広瀬すずの映画である。才能ある二人の男性、中原中也と小林秀雄の間で、二人を支え(つっかえ棒)にして生きたモダンガールで女優の長谷川泰子。ソウルメイトとも言える三角関係が大正時代の風俗や衣装、そのロマンティシズムとともに描かれる。美術セットも見事だし、大正時代の青春劇としてどっぷりと浸れる映画だ。ただ、広瀬すずにもう少し妖艶さは必要なかったのか?是枝裕和の『阿修羅のごとく』で四女を演じたボクサーの妻の雰囲気そのままに感じた。確かに可愛かった広瀬すずから大人の女性へと脱皮しようとしているのはわかるし、頑張ってもいる。ただ、稀代の才能溢れる天才詩人と秀才の文芸評論家の二人を夢中にさせた女性とはどんな女性だったのか、勝手に妄想が膨らむ。実際のところはわからないのだが、もう少し二人を虜にするような色気が感じられても良かったのではないだろうか。最も魅力的だったのは、ダンスホールでダンスを踊るシーンだ。精神的に追い詰められてヒステリックに中也から贈られた柱時計に壺を投げるシーンや小林秀雄に訳の分からぬ数字を言わせるシーンなどは、もっと狂気の迫力があっても良かったのではないか。まぁ、誰が泰子を演じたとしても不満は残るのかもしれない。精神の不安定さこそが魅力だったのだろうか。文学史に残る才能ある二人の男を夢中にさせた長谷川泰子について、つらつらと考えてしまった。彼女が書いた本も読んでみようと思う。

脚本は鈴木清順の『ツゴイネルワイゼン』の田中陽造である。あの映画も大正ロマンの妖艶なる世界を描いていた。その田中陽造が40年以上前に書き上げた幻の脚本と言われていたものだそうだ。それを根岸吉太郎が『ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜』(2009)以来16年ぶりに映画化した作品だ。太宰治の小説世界に続いて、今度は中原中也である。この映画で、木戸大聖演じる中原中也が20歳の長谷川泰子と出会ったときはまだ17歳。のちに天才詩人と言われる中也は、大人びた虚勢を張るような自意識の強い若者であった。ローラースケートを履いて走り回るところが、少年のようでもあり上手い演出だった。実際に中也がローラースケートを滑っていたのかは知らないけれど。後半に、遊園地でスケートを滑っている中也を見て、泰子が「天使みたい」というところもいい。小林秀雄演じる岡田将生だが、ちょっとクールな知的秀才という感じをよく出していた。フランス象徴詩に詳しく、中原中也の才能は高く評価している一方で、人間としての中也とは距離を持っている。最初に中也の家にやって来た小林秀雄に泰子がお茶を出さなかったり、小林秀雄の前では自分に見せたことのないような少年のように嬉しそうな中也の顔を見て嫉妬したり、3人の関係は微妙であり、その関係が移ろっていくところがこの映画に見どころだ。

泰子が中也の家を出る決意をして、小林秀雄の家に泰子が引っ越す場面も面白い。中也が泰子の荷物を運び、小林秀雄の家で3人で酒を飲むシーン。その微妙な空気感が部屋の中で漂っている。3人の関係の変化。そして小林と暮らすようになって泰子が神経症的におかしくなっていく。中也と泰子、小林秀雄と泰子、それぞれ二人で一緒にいるとうまくいかなくなるのに、3人で一緒にいるとバランスが取れる。それが泰子が最も魅力的に描かれたダンスホールや遊園地のシーンだ。泰子には「二つのつっかえ棒が必要なのだ」と小林は知る。ならば「つっかえ棒」を二つともなくしてしまえばいいと言って、小林秀雄も泰子から離れていく。うまくいかない3人のもどかしさ。それぞれの「個」がぶつかる。

青春はいつしか終わる。空っぽの乳母車を引きながらやってくる中也と有名な先生となった小林秀雄、女優の泰子の3人が再会する場面もなんだか侘しい。中也は子供を亡くし、虚ろだ。最初のほうでも中也が乳母車を見つめるシーンがあった。あの乳母車に入っているのは自分だと言っていた。美しい少年時代。中也はずっと少年でいたかったのかもしれない。そして中也の死の知らせ。泰子が撮影所のスタッフに「中原中也って知ってる?」と聞く。泰子にとってもいつまでも中也は特別な存在だった。煙突の煙となった中也を見る泰子と小林秀雄は、青春の終りを噛みしめる。

三角関係というのは、夏目漱石の小説でも、村上春樹でも、様々な小説や映画で描かれてきた永遠のテーマである。嫉妬と友情と恋と欲望。3人だからこそのバランス、しかし2人の関係はいつだってうまくいかない。


025年製作/128分/G/日本
配給:キノフィルムズ

監督:根岸吉太郎
脚本:田中陽造
製作総指揮:木下直哉
製作:山田美千代、小佐野保
企画:山田美千代
プロデューサー:武部由実子、谷川由希子、佐藤満
音楽プロデューサー:佐々木次彦
撮影:儀間眞悟
照明:長田達也
録音:石寺健一
美術:原田満生、寒河江陽子
美術プロデューサー:堀明元紀
ヘア&メイクディレクター:松浦美穂
衣装デザイナー:大塚満
編集:川島章正
音楽:岩代太郎
主題歌:キタニタツヤ
キャスト:広瀬すず、木戸大聖、岡田将生、田中俊介、トータス松本、瀧内公美、草刈民代、カトウシンスケ、藤間爽子、柄本佑
☆☆☆3
5 11

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年02月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
232425262728