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2025年02月21日14:38

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『ザ・キラー』デヴィット・フィンチャー〜殺し屋の自己完結的なつぶやき〜

Netflix 映画『ザ・キラー』独占配信中

デヴィット・フィンチャーはそんなに熱心に見ていないので、彼のこれまでの映画と比較したりはあまりできない。『セブン』(95)、『ファイト・クラブ』(99)『パニック・ルーム』(02)ぐらいしか見ていない。

この映画はとてもストイックな殺し屋の映画である。だから派手な展開はない。もちろん殺し屋なので、殺しや殴り合いなどのアクションは出てくるが、いたって抑制的な表現でダークな色調でモノローグがやたらと多い。人と関わることがほとんどなく一人で動く殺し屋という設定なので、人との会話というものがそもそも成立しないのだ。他者との葛藤のドラマがまずない。後半に出てくる女性エキスパート(殺し屋)のティルダ・スウィントンと熊とハンターとのブラック・ジョーク?の奇妙なやりとりが会話らしい会話と言えるだろうか。まぁ、このときもティルダ・スウィントンが一方的にしゃべるだけなのだが。つまり映画全体がモノローグ的な自己完結的世界なのだ。これを面白いと思えるかどうかは、人それぞれだろう。派手な活劇アクションやハラハラする犯罪サスペンスを期待する方は裏切られるだろう。

<ネタバレありなので、ここからはご注意ください>

ルーティン動作にこだわる殺し屋と言えば、ジャン=ピエール・メルヴィルの『サムライ』(1967)のアラン・ドロンを思い出す。スタイリッシュでストイックな殺し屋という意味では似ているかもしれない。ナンバープレートを付け替える場面なども似ている。しかし、このマイケル・ファスベンダーのキャラクターはそれほど際立っていない。特徴といえば、モノローグで自分への戒めと言えるような言葉を殺しの直前で繰り返すところだ。「予測しろ、即興はよせ」「誰も信用するな」「対価に見合う戦いにだけ挑め」「感情移入は禁物だ。同情は弱さを生む」「己に問いかけろ、「これがおまえにどんな利益をもたらす?」と」「やるべきことを確実にこなせ」「成功を望むなら、答はシンプルだ」などなど・・・・。クールでどんな時でも沈着冷静なプロの殺し屋というイメージだ。オープニングはパリの空き家となったビルの一室で、向かいのビルにやって来るターゲットを待ち続ける。ヒッチコックの『裏窓』のように観察し続ける。お気に入りの音楽をかけ、自らの心拍数を管理し、ライフルスコープで人々と街を観察し、ヨガをやり、街に溶け込むためにドイツ人観光客になりすます。しかしターゲットがなかなかやってこない。焦れながらも待つ。そしてやっとその時がやってきた。しかし彼はミスをしてしまう。ターゲットと一緒にいた女を撃ってしまうのだ。

証拠を残さず完全にターゲットを殺すプロの殺し屋がミスを犯すことで、何かが狂っていく。男は証拠を隠滅して逃げる。何枚ものクレジットカードを使いながら、様々な人物になりすまし、自宅があるドミニカ共和国へ。しかし、すでに何者かが自宅に侵入し、男の恋人が襲われていた。病院で恋人の弟から犯人の手がかりを得て、男は復讐を始める。犯人を自宅に運んだタクシー運転手、殺しの依頼を受けていた弁護士事務所の弁護士、その秘書からさらなる情報を聞き出し犯人を突き止め、一人一人と殺していく。しかし、その過程で彼が呟いていたルーティンの言葉からズレが生まれていく。弁護士の秘書から「保険がおりるように不審死はやめて」と懇願され、「感情移入はするな」と自ら言いながら、階段から突き落とす事故死で片付ける。恋人を襲ったエキスパート(殺し屋)のティルダ・スウィントンとは、すぐに殺さずにレストランで彼女の目の前に登場し、会話をするのだ。「会話に飢えているんだ」とか言うのだが、そんな本音みたいなこと言っちゃうんだ、という感じ。そこでのティルダ・スウィントンから「熊とハンターの話」をされる。これは何を意味するのか?何度もハンターは熊を撃つが、その度に熊はいなくなり、ハンターは生き延びるため後ろから熊に何度も犯される。「お前の目的は殺しじゃないんじゃないのか?」と熊から言われるというオチだ。プロの殺し屋としての目的を果たせなかった男は、ノコノコとターゲットの前に現れて会話をしたりするハンターそのものではないのか。少なくとも彼が呟くような目的のために非情に徹する殺し屋ではない。

ティルダ・ウィンストンをなんとか殺し、最初の殺しを依頼した顧客のところまでたどり着いた男だったが、結局その男は殺さない。「いつでも殺しに来れる」などと言って去って行く。ラストは青い海を見ながら、傷が癒えた恋人と明るい太陽の光の下でのんびりと過ごす場面で終わる。なんなんだ?この終り方は?これはハッピーエンド?とも一瞬思えなくもないが、ラストの男はどこか幸せそうには見えない。最後の横からのショットで男の目の下の頬が引きつったりしている。「未来は予測不可能であり、自分は多くの人の一人であるかもしれない」などと呟くのは、プロ意識に徹した特別な人間ではないと言うことだ。雇い主の男を殺さないで、自分が平和に太陽の下で生きていられると思っているのか。つまり冷徹な殺し屋になれなかった男の都合のいい人生というわけだ。なかなか考えさせる映画とも言えるが、自己完結的な勝手な世界を見せられて面白くはなかった。

殺し屋映画と言えば、私は鈴井清順の『殺しの烙印』(1967)、ジム・ジャームッシュの『リミッツ・オブ・コントロール』(2009年)を思い出す。このぐらい荒唐無稽な世界を描いてくれた方が、非日常を生きる男たちを見る楽しみがあるというものだ。


2023年製作/113分/PG12/アメリカ
原題または英題:The Killer

監督:デヴィッド・フィンチャー
製作:セアン・チャフィン、ウィリアム・ドイル、ピーター・マブロメイツ
製作総指揮:アレクサンドラ・ミルチャン
原作:アレクシス・“マッツ”・ノレント
原作イラスト:リュック・ジャカモン
脚本:アンドリュー・ケビン・ウォーカー
撮影:エリック・メッサーシュミット
美術:ドナルド・グレアム・バート
衣装:ケイト・アダムス
編集:カーク・バクスター
音楽:トレント・レズナー、アティカス・ロス
キャスト:マイケル・ファスベンダー、アーリス・ハワード、チャールズ・パーネル、ガブリエル・ポランコ、ケリー・オマリー、エミリアーノ・ペニルア、サラ・ベイカー、ソフィー・シャーロット、ティルダ・スウィントン
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