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2024年02月11日00:35

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「瞳をとじて」ビクトル・エリセ〜封印された過去が甦る〜

多くの映画ファンが忘れられない映画だと挙げる『ミチバチのささやき』と『エル・スール』のビクトル・エリセ監督の31年ぶりの長編新作である。私もまた生涯忘れられない大好きな映画がこのエリセの2本の映画である。期待しないではいられない。待ちに待った新作だ。

見終わって心に沁みる満足感があった。味わい深い映画で嬉しくなった。村にフィルムが届けられ、移動映画館による映画上映が始まる期待感ともにスタートした『ミチバチのささやき』(1973年)から50年の時を経て、再び映画が上映される。俳優の失踪によって中断せざるをえなかった未完の映画が、廃業した映画館で最後に上映されて完結するのだ。銀色のブリキ缶に大切に保存されたフィルムが友のマックス(マリオ・パルド)によって届けられた。監督のミゲル(マノロ・ソロ)は、登場人物たちに座る場所を指示する。アナ(アナ・トレント)とフリオ(ホセ・コロナド)はここに座れと、演出をつける。まさにこの映画のラストシーンなのだ。封印されていた劇中映画『別れのまなざし』が時を超えてそのラストシーンが上映される。それは同時に記憶を失った俳優フリオの止まった時間を再び動かせる魔法の時間でもあった。映画が魔法の時間であることは、リュミエール兄弟が駅に列車が到着する様子を撮影した『ラ・シオタ駅への列車の到着』から始まっている。ミゲルがバスの中でそのパラパラ写真を見るシーンがある。始まりの過去と未来。それはギリシャ神話に登場するヤヌス像が映画『別れのまなざし』の屋敷の庭にあったように、過去と未来の二つの時間をこの映画は描いている。映画のフィルムがデジタルに取って代わり、映画館での映画産業そのものが過去のものになりつつある現在、映画はどこに向かうのか。

この映画は劇中映画として始まる。1947年パリ郊外の屋敷。ピアノが部屋の中央に置いてあり、縦長の4つの窓の光が美しい引きの画面。まさにビクトル・エリセの映画が始まったと観客の胸が高鳴る。フェランという老人がフリオ演じる男に生き別れの娘を探して欲しいと頼むのだ。それから時間は現在の2012年となり、映画撮影中に失踪した俳優フリオを取り上げるテレビ番組に監督ミゲルが出演することになるのだ。テレビというメディアには興味のないミゲルだったが、過去へと辿る旅には興味を持つ。過去の映画のモノが保管してある倉庫へ行き、フリオの娘であるアナ(アナ・トレント)に会いに行くのだ。過去への旅が二重構造になっている。

この現在を描く映像は、驚くほど人物の切り返しショットが多く、顔のアップが多いのだ。ほとんど座っている会話劇が中心となっているので、必然的にそうなるのだが、アップが度々挿入される。劇中映画の『別れのまなざし』が撮られたのが1990年の設定なので、ミゲルは22年ぶりにいろんな人に会いに行く。フリオの娘アナに会い、フィルムを保管していたマックスに会い、交通事故で亡くなった息子との写真を見つけ、かつて恋人だったロラ(ソレダ・ビジャミル)に会い、そしてテレビ番組がキッカケでついに見つかったフリオに会いに行く。封印していた過去との久しぶりの対面。時を超えてかつての時間が繋がる瞬間が美しい。それをこの映画では海辺の波の音と「音楽」を軸に描いている。過去と繋がる「音楽」のシーンがとても感動的なのだ。

音楽はエリセにとって、過去の映画とも繋がるものである。ミゲルが現在、犬と一緒に住んでいる海辺のトレーラーハウス。隣人たちと一緒に夜の浜辺で「ライフルと愛馬(My Rifle, My Pony And Me)」をギターで歌う場面がなんともいいのだ。ハワード・ホークスの『リオ・ブラボー』で歌われる有名な曲だが、替え歌で歌詞を思い出しながらミゲルが「海辺の片隅」で歌うのが幸福感に満ちている。さらに元恋人のロラがミゲルの好きな曲をピアノで弾きながら歌う場面も素晴らしい。最初、ロラが違う曲を弾いて間違えるところもいい。過去はハッキリしたものではなく忘却の彼方、あやふやになっている。それでも二人は、しばし過去の時間を共有する。そしてフリオとの再会で、ミゲルと一緒にタンゴを歌う場面。フリオはタンゴをよく口ずさんでいるため、ガルデルというアルゼンチン・タンゴ歌手の名前で呼ばれていた。フリオが歌い、ミゲルも合わせて歌う。そして二人の声が重なることによって、距離が縮まる。もう一つ、音楽が使われるのは、劇中映画『別れのまなざし』のラストシーン。老人と娘の再会場面で老人はある曲をピアノで弾くのだ。写真も過去の時間をつなぐものとして登場するが、それ以上に音楽を媒介にして過去の記憶が結びつけられる。

ペンキを一緒に塗って二人でペンキだらけになるシーンもあるが、感動的なのは二人で紐を結ぶ場面だ。ミゲルとフリオがかつて水夫だった時代に覚えさせられた紐の様々な結び方。フリオが暮らしている小屋の前のベンチで、二人が横並びに座って紐を結ぶ。記憶を失っても覚えている紐結び。この椅子の横並びの二人を正面から捉えたショットは、何度も使われるのだが、二人の距離と時間が歌を口ずさみ、身振りが同期することで繋がるのがいい。

『ミツバチのささやき』で5歳の少女アナ・トレントに言わせた「わたしは、アナ」という精霊への呼びかけが、再びこの映画で大人になったアナ・トレントによって劇中で2度繰り返される。映画の中に封じ込められていた時間が再び現在に甦るこの映画が心に響くのは、死んだ人間も、記憶を失った俳優も、フランケンシュタインも、6歳のアナも、『リオ・ブラボー』の「ライフルの愛馬」も、リュミエール兄弟の『列車の到着』も、ドラシヤーの『奇跡』も、虚構も現実も、みんなみんなフィルムの中で永遠に現在を生き続けているからだ。過去が一気に現在に甦ってくること、その心の震えをいつまでも体験できること、そのことの幸福を感じられる映画だからだ。

『ミツバチのささやき』でも『エル・スール』でも、父親の過去には何やら秘密めいたものがあり、それを娘の視点から「父の不在」として感じる映画だった。その父親の過去は、娘には手の届かない永遠の謎であった。この映画のアナもまた、父フリオの死については探りようもない謎のままだった。その封印された過去が「老い」や「死」を前にして、解き明かされようとする映画だ。過去を記憶の彼方に封印するのではなく、もう一度現在に引きずり出すこと、その心境は82歳になったエリセだからこそのものだろう。これまでのエリセの完成されなかった映画、封じ込められた記憶は、フィルムを通して、あるいは身振りや音を通して、再び現在に甦ってくるのだ。これを遺作とせず、なんとかもう1本作ってくれないだろうか。


2023年製作/169分/G/スペイン
原題:Cerrar los ojos
配給:ギャガ

監督:ビクトル・エリセ
製作:クリスティーナ・スマラガ、パブロ・ボッシ、ビクトル・エリセ、ホセ・アルバ、オディール・アントニオ=バエス、アグスティン・ボッシ、ポル・ボッシ、マキシミリアーノ・ラサンスキー
製作総指揮:クリスティーナ・スマラガ
原案:ビクトル・エリセ
脚本:ビクトル・エリセ、ミシェル・ガスタンビデ
撮影:バレンティン・アルバレス
美術:クルル・ガラバル
衣装:ヘレナ・サンチス
編集:アセン・マルチェナ
音楽:フェデリコ・フシド
キャスト:マノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレント、ペトラ・マルティネス、マリア・レオン、マリオ・パルド、エレナ・ミケル、アントニオ・デチェント、ホセ・マリア・ポウ、ソレダ・ビジャミル、フアン・マルガージョ、ベネシア・フランスコ

※画像 (C)2023 La Mirada del Adios A.I.E, Tandem Films S.L., Nautilus Films S.L., Pecado Films S.L., Pampa Films S.A.
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