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2019年04月21日00:53

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遠い記憶のエロ小説、その2

 宿泊、三日目の夜だった。二日目の徹夜だった。一緒にいたのは元アダルトモデルで現編集者の三十歳手前の女性だった。筆者よりも三つ四つ上だったと記憶しているが定かではない。事務所に寝泊りしているのは、二人だけで、小さな出版社の社長は夕方頃、一度、事務所に顔を出して進行状況などを確認して帰ってしまう。
 三軒先に銭湯があったので、筆者たちは交代で銭湯に行った。その間だけ休憩が出来た。元モデルだけあって女性はスッピンでも魅力的だった。魅力的だったが、何しろ性的に興奮している余裕などないのだ。目の前の仕事をとにかくやらなければならなかった。そこそこに魅力のある女性の目の前で男女の性器が露出したネガを見つめ続けるのだ。考えようによっては拷問のようなものだった。
「ねえ、この撮影、少し、からみ過ぎじゃない。うちはさあ、ポルノ出版社でも、スワップ出版社でもないんだよねえ。SМ雑誌作ってるの。分かる。女の裸はいいよ。性器の露出も仕方ないよ。でも、どうして、君の性器がこんなにも写ってるの。まあ、それを撮ってるカメラマンもカメラマンだけど、君さあ、写り過ぎでしょう」
 そこそこの魅力的な女性が自分の性器を目の前で見ているのだ。それでも興奮しない。それどころではない状況だったからだ。何しろ、目の前の仕事なのだ。それ以外のことを考えている余裕が、とにかくなかったのだ。
 それでも、互いの健康のため、三時間に三十分は完全休憩をとることを決めていた。そうしなければ本当に死にそうだったのだ。それでも、途中、一分、二分と気を失うように寝ていたりするぐらいだったのだ。
「ドキュメント人身売買という小説があったんだよねえ」 
 三十分の休憩で、コーヒーを飲み、目薬をさしている筆者に女性が突然そんなことを語りかけて来た。唐突な語りかけだったが、筆者はその小説を知っていた。中学三年のとき、古書店で見つけてタイトル買いしていたからだ。しかし、自分の口でないところから、その小説のタイトルが出るとは思いもしていなかった。
「作者は覚えてませんが、すごく昔の小説ですよねえ。読みました。買いました。僕が中学生の頃の話ですよ」
「うーん。私も中学生だったよ。まあ、それはいいとして、ドキュメントってところがすごかったよね」
「確か、ブティックの更衣室に仕掛けがあって、穴に落とすかなにかで、それで誘拐してしまうって話ですよね。ドキュメントというわりにリアリティはなかったですよね」
「そうかな。私にはリアリティがあったな」
「ブティックで誘拐にですか」
「君は単純だね。ブティックでね。欲しい服があるのよ。でも、普通の仕事しているかぎり、ほとんど買えないのよ。買えないのに試着しちゃうの。試着してしまえば、もう、欲しくて仕方ないの。それでカードローン。もちろん、返せない。返せないままサラ金。その借金を返すために自分を売るのよ。ね。ブティックの更衣室で誘拐でしょ。仕掛けはそこにあったってわけよ」
 あ、と、筆者は思った。その小説は流行のブランドを集めたブティックなので、その服が似合うような若い女ばかりが来るのだと書いてあった。誘拐された女は、金持ちに売られるが、ただの金持ちではない。そこで女を買うのは変態紳士と呼ばれる男たちだったのだ。
「なるほど、そこまで考えもしませんでした」
「じゃあ、私も、そこで誘拐されて売られた女だということも考えもしなかったでしょう。私を買ったのは夫婦だったのよ。旦那はちょっと二枚目。奥さんはとても優しくて良い人だった。ただ、太っていたのよ。自分のお尻を自分で拭けないぐらいね」
 あ、と、筆者は思った。その小説にも夫婦に買われた女がいたのだ。旦那は二枚目、そして、自分のお尻を拭けない奥さんのお尻を、その買われた女は舐めさせられたのだ。しかも、毎日。借金は五十万円だったはずだ。わずか五十万円のために、女は一週間も二人の玩具とされ屈辱的な行為を強いられたのだ。
「まさか」
「君は単純だね。だから、私はその小説が好きだったという話をしたでしょ。登場人物に私がいるはずないでしょ。私の年齢を考えてね」
 それはそうだ。眠気覚ましにからかわれたのだ。しかし、筆者は今でも思っている。やはり、彼女は、あの小説の登場人物の一人だったのだ、と。いずれにしても、その小説は遠い記憶の底のエロなのだ。

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