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2018年12月21日01:03

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午後十一時のエロ本屋

 午後十一時も筆者はエロ本屋だった。
 SМパーティの取材に呼ばれるのが嫌だった。パーティ取材には良いことがないのだ。そもそも、他人の楽しみに無関係な人間が加わるのが難しい。М女を中心とした緊縛会のようなものなら、まだ、少しはいい。邪魔にならないように、後ろから、お客の隙間を縫って撮影してしまえばそれでいいからだ。難しいのは、ここにМ男のお客が入っているときなのだ。そうしたパーティでは、筆者はたいてい自分もМだと言うようにしていた。そのほうが取材はしやすくなる。もちろん、女王様の要請でS男が取材で来ていたほうがお客のМ男たちが屈辱的でいいとされていれば、Sだと言っていた。エロ本屋なんて、いい加減なものなのだ。
 だいたい、お金になれば巨乳雑誌だろうが貧乳雑誌だろうが、緊縛だろうが女王様だろうがスカトロだろうが、何だって雑誌にして売ろうというのだから、いい加減でないわけがないのだ。
 SМパーティの取材が嫌なのはお客との問題だけではない。パーティということで、他の出版社の取材も入っているということなのだ。筆者はとても好きだったカメラマンの指導でEOSワンというカメラを使っていた。いいカメラだった。しかし、中には取材だというのに照明機材まで持ち込んだり、ものすごく高額なレンズを持ち込んだりしている者もあった。しかも、一人ではなく、三人とか四人で取材に来ているのだ。それこそパーティを楽しみたいお客には邪魔な存在となる。それを思って筆者は一人で、しかも、コンパクトに取材をしようとしていたのだが、その気遣いが、自分を惨めにさせることになったのだった。大型のストロボを立て、女王様を撮る。同じステージで一人でどこぞの観光客のように写真を撮る。それが惨めなのだ。そして、孤独なのだ。本当はパーティに大がかりな撮影は邪魔なのに、どうしてだか、女王様たちも、そちらに機嫌が良い。お客も、大がかりで大人数だと納得させられていたりするのだ。それに対し、一人で地味に撮っているこちらは、まるでマニアが調子にのって撮影しているかのような嫌悪の目で見られるのだ。
 こちらは少しでもお金を払っている人たちの楽しみを邪魔しないようにと、こそこそしているので、その姿が余計に、挙動不審のマニアに見えたのかもしれない。
 SМパーティを支える同志として取材しているのと、ただ、仕事として取材している連中とは相容れないのだ。そのことは相手も知っているから、ときには、撮影の邪魔だと言わんばかりの態度をされる。それでも卑屈に我慢する。トラブルなど、もってのほかだからだ。マニアたちは楽しみに来ているのであるから。
 誰にも理解されないまま、惨めな取材は続く。パーティは深夜に向けて盛り上がるが、その前に、こちらは、さっさと帰る。大がかりな取材グループは最後までいるのだろう。しかし、こちらはパーティの雰囲気だけ撮ったら、そこで何があったかは、文章で知らせて、写真では見せない。そのほうが次のパーティにお客を集められるからなのだ。
 しかし、そんなことは分かってもらえないから、たいていのSМパーティで筆者は、しばしば、暗く卑屈なМのマニアと思われていた。それでいいのだ。どうせエロ本屋なのだから、その印象で間違ってもいないのだから。エロ本屋なんてそんなものなのだから。
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