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2018年12月19日01:25

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午後九時のエロ本屋

 午後九時も筆者はエロ本屋だった。
 仕事が何もなければ、午後九時には居酒屋にいた。相手はマニア系雑誌やマニア系ビデオのモデルか風俗嬢だった。これだけを書くなら、優雅な暮らしに読める。仕事がない夜には優雅に若い女の子と遊んでいるのだ。
 しかし、午後九時に居酒屋にいるということは、仕事の打ち合わせもしていないということなのだ。この時間はどこの出版社も普通に仕事をしている時間なのだ。仕事でなければ何かの打ち上げか打ち合わせで飲み屋にいる。それも筆者には仕事の内なのだ。それもないから女の子を誘って居酒屋にいるわけなのだ。
 仕事もない、仕事の打ち合わせもない。その不安から酒に逃げたいわけだから、一人では飲んでいられないのだ。だからといって、仕事関係者は誘い難いのだ。何故なら、そうした相手を誘うというのは営業行為と勘違いされてしまうからだ。営業はしたくない。それは作り手としてのプライドが許さなかった。エロ本屋のくせに何がプライドなのだろうか。いや、違うのだ。エロ本屋だからこそギリギリのプライドを持っていなければやっていられなかったのだ。誰れよりも臆病だからこそ、毅然と立って見せている必要があったのだ。
 仕事が途絶えれば来月から食べるのにも困るかもしれない。そんなときに女の子を誘って、その女の子に酒をご馳走しているのだ。バカな話である。仕事がないなら家でじっとしているべきなのだ。
 女の子を誘い、酒を飲み、その勢いでホテルにで行けるなら、それはそれで、もう、潔いかもしれないが、そうもいかない。酒は飲めるがホテルには行けない。エロ本屋とはその程度なのだ。これが男優とかカメラマンとかプロダクションのマネージャーなら話は違うのだが、エロ本屋の多くは女には不器用なものなのだ。そもそも、女に不器用でモテないからこそエロ本屋になったようなものなのだからだ。
 居酒屋では、ひたすら女の子の愚痴を聞く。悩みの相談にのる。危険な話も多いがそれでも拒否しない。そうした時には、どうせ破れかぶれゆえに、危険な匂いしかしないようなトラブルも平気で請け負う。請け負ったところで利益はない。それこそ命をかけて、その報酬がキス一つということも、しばしばだった。面白いもので、ここで一人にさせられるぐらいなら命ぐらい、いいか、と、そう思ってしまうものなのだ。それほど、仕事がない、仕事のあてもない状態は怖いのだ。殺されるよりも怖いのだから不思議なものである。
 女を楽しませる会話などなかった。泣いている女の扱いが下手だった。女を笑わせることも出来なかった。その代わりに愚痴を聞いていられた。怒っている女の横で相槌だけでやり過ごすことは得意だった。いい加減と言われて嫌われることが多かったが、それでよかった。嫌われてしまえば、トラブルを処理させられることもない。そのほうがよかった。ずっとよかった。
 安いチェーンの居酒屋の安い酒と不味い食べ物。呆れるほどつまらない会話。それがよかった。つまらなければつまらないほど、不安を忘れることが出来たからだ。明日には電話が鳴って仕事が入るかもしれない。来月の家賃はすでにない。借金出来るあてもない。もう、事務所の電話は鳴らないかもしれない。鳴らなければそのまま電話も止まる。いっそ気持ち良い。
 そんな混乱した頭に女の話など入って来ない。いい加減に聞いているから、いい加減にトラブル処理を引き受けてしまう。そして、修羅場にばかり慣れて行く。ときどき、エロ本屋に貫禄や達人のような落ち着きを見るのは、そんな理由からなのだ。うっかり修羅場に首を突っ込んで来たための貫禄なのだ。それだけだ。それぐらいバカな人生なのだ。それがエロ本屋だったのだ。
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