四つの時期がある。
少年、結婚、働く、老いる。
趣味はあっていい。
道というのは、歩き、目的地へ向かうもの。
しかし、不幸もある。
二つ。犯罪を越えない事と忍耐を学ぶ事。
犯罪を越えないのはガードレールだ。
忍耐は、雨風をしのぐこと。
目的地へ向かうもの。
それは幸福だが、言う。
明るい家族、積み重ねた仕事の成果、
皆が育ち、弔われ後事を託す。
少年は、何でも挑戦する。
経験を大事にしよう。
しかし取り返しのつかないこともある。
だから勉学がある。
結婚したなら、共に助け合う。
我を張らないように、役割をこなすように、
子供たちに模範と、経験を伝える。
時に叱り、時に誉め。
また忍耐も必須だ。
働くのは、生活が基盤になる。
浪費を戒め、健康を心掛け、時間を払い、
長く勤める。また心を励ましもする。
長く真面目に。
老年に至れば、子供たちも大人となり、
今までの報いが返る。
善く育つなら善し、邪に育つなら邪に。
また時間もできる。
反省と共に学ぶ時間、
そして死して旅立つ時が近づく。
宗教は必然であり、これまでの生き方は理解をもたらすかも知れない。
田畑に蒔いて、草を苅り、水を与え、
そうして芽が出る。風雨や日照で育ち、ようやく実を採る。
人生もそうだ。
社会という畑に種を蒔き育て収穫する。
老年には正に収穫物がもたらされる。
この世での役割はこれで終わる。
これが幸福とその道だ。
そして、犯罪を越えぬ事と、忍耐がある。
幸福を目指しながら、修業でもある。
何かを失ったり、捨てなければならないものもある。
また拾う事もあれば、身になるものもあるかも知れない。
雨風が強ければ、道に迷いもする。
また見晴らしの良い場所に出る事もあるかも知れない。
人は、何も得てはいけないことはない。
道だ。目的地への道筋があれば、
そこへ行き着けるのだ。
この世界は勿論光り輝く世界ではない。
しかし、苦しみの果報だけを受けるだけの世界でもない。
どのようにか生きれば、そのようになる。
気をつけて道を確かにすれば、それなりの結果になるのだ。
しかし、学ばねばならないのは、
不善、邪な道と果報、場所に満ちている事だ。
見失いもする。
だから気をつけなければならない。
道を確かにしなければならない。
求めるならば。
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