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2017年02月04日01:37

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一月の書き方課題小説

「だらだらとした関係は嫌なの。けじめを付けましょう。だから、あなたにカギは渡さない」
 そう言って私は彼を一人暮らしの自分の部屋に上げた。本当はそれもしたくなかった。男と会うのは外がいい。三十歳を過ぎて貞操を守りたいとか、そんなつまらないことを言うつもりはない。ただ、セックスするならホテルがいいのだ。そのほうが男は、いろいろと女のために頑張るものなのだ。素敵なデート、素敵な食事、素敵な部屋。
 ところが、彼にはお金がなかった。最初は実家暮らしの彼の懐は裕福だった。好きな映画を一緒に観て、その帰りにはレストラン。ファミレスではなく、ちゃんとしたレストランで、そんなに贅沢ではないものの、きちんとした食事をして、その後には、少し飲んで、ホテル。シティホテルのこともあれば、ラブホテルのこともあった。どちらにしても素敵だった。洒落たバーからのシティホテル。居酒屋で騒いだ後のラブホテル。それなりに楽しかった。
 ところが、付き合って半年で彼は仕事を辞めた。辞めた理由に私は納得した。彼の豊富な才能を活かすことの出来ない仕事なら辞めたほうがいいと、そう私も思ったのだ。実家暮らしなので、生活には困らないと彼は言った。しかし、デートのときには節約しなければならなくなった。
 映画も食事も割り勘になった。ホテルを節約して私の部屋で過ごしたいと彼は言った。料理が得意だから作って食べさせたいのだというのも、私の部屋に来る理由の一つだった。実際、彼の料理は上手だった。しかし、贅沢な調味料、贅沢な食材は私の財布から出たものだ。ときどき、贅沢な調理器具も彼は買ってしまう。ワインのお金も私が出した。
 ついには、映画にも行かなくなって、彼は私の部屋に実家から直行するようになった。
 私は、彼にカギを渡すことを何度となく拒んだ。それをすれば彼は家にも帰らなくなることを私は知っていたからだ。そんな経験が私には二度もあったのだ。
 ところが、事件が起きた。事件は小さな事件だった。彼を駅で待たせたまま、私は急なトラブルで会社を出られず、しかも、トラブル先のクライアントを前に彼に電話をすることもメールをすることも出来ないままになった。冬の寒い日だった。彼は喫茶店にいるお金も帰りの電車賃さえ持っていなかった。財布を忘れたのだと言っていたが違う。その頃には、しばしば、彼は財布を忘れ、帰りの電車賃として私の財布から一万円を持って行くのだった。つまり、彼は最初から財布を持たずに私の家に来るようになっていたのである。分かっていた。分かっていて、私はそれを拒めずにいただけだった。
 会社を出て、同僚たちとホームで別れ、終電の車内でようやくメールを見ると、何十という数のメールが入っていた。彼からだった。最初こそ冷静だったが、最後のほうは、寒い、とか、死ぬ、とか、殺す気なんだね、と、そんなものばかりになっていた。
 あわててメールをして、仕事のトラブルで、とにかく今、向かっていると入れた。
 こんなことがあるんだから、カギはやっぱり持っておかないと不便だと彼に言われ、寒さに凍える彼に対し、もう、それ以上、私は拒めなかったのだ。
 カギを持っても、勝手に私の部屋に来てはいけないし、私が仕事に行くときには、必ず私と一緒に家を出ることを約束させたが、それが守られたのは最初の一週間だけだった。
 私の部屋には気が付けば彼の物が増えていた。着替え、髭剃りの道具、自慢のテレビとゲームも持って来ていた。
 それでも、最初の数か月は、料理をしたりしていたが、最初から彼は料理はしても片づけはしないし、掃除もしなかった。彼に料理を任せていると、キッチンは汚れ、野菜のクズが一週間以上も放置される。何度言ってもゴミは絶対に出しに行かない。
 仕事を探していると言ってはいるけど、履歴書を見たことはなかった。
 彼と知り合ったのはブログだった。私のエッチなブログに彼だけが誠実にコメントをしてくれたのだ。他の男は、ただ、エッチなブログを書く女はすぐにやらせてくれる女だとでも思っているのだろう、それと分かる、そんなコメントしかくれなかった。どの男も目的は会いたいなのだ。会いたいと言うことは、やりたい、と、そうしたことだ。私のブログの真意など推し量ろうとする男はいなかった。ときどき、女もコメントをくれたが、女だって似たようなものだ。女の多くは、私のブログを利用して自分の人気を得ようとしているのだ。中には堂々と自分のブログに男を誘惑しているものまでいた。
 そんなブログに疲れていた私を慰めたのが彼のコメントだったのだ。何しろ、小まめにコメントしてくれる。そして、ただのエッチではなく、そのエッチの裏側に私が秘めたところの寂しさとか、不安を彼は汲んでくれていた。
 彼に最初に会いたくなったのは私のほうだったのだ。だから、私は彼を信用してしまったのだ。私から望んで会いたがったのだから、彼は大丈夫と、おかしな理論で私は彼をすっかり信用してしまったのだった。
 それでもいい。私はエッチなブログを書いていたぐらいなのだから、性的に満たされたい、と、そう思っていたことも事実なのだ。そして、彼は確かにそれを満たしてくれたのだ。
 最初の頃は夜景の美しいシティホテルや内装に拘ったラブホテルで、彼は私の性を満足させてくれたものだった。
 ところが、私の部屋に性の場所が移った頃から、彼のセックスは雑になった。私の中の足りない何かを補充しようとするようなセックスではなく、まるで、要らない物を私の中に投げ捨てるようなセックスになったのだ。私の扱いは性のゴミ箱のようなものとなった。
 別れたい、そう私が思った頃には、別れられないほど彼は私の生活の中に入りこんでいた。
 彼が部屋にいるために、私の掃除の手間は倍になった。食費も倍になった。私がいない間の光熱費が特にバカにならなくて、電気代も二倍近くになった。
 それでも、部屋は汚れて行った。そして、彼の体重はみるまに増えて行った。
 洒落たバーでお酒を飲む彼は恰好良かったのに、太って無精髭もそのままの彼とはバーに一緒に行くのにも抵抗があった。
 台所は好きなように料理して放置されるがままで、もう、掃除は追いつかなくなっていた。
 家出したい、と、そう思う度に、どうやって、と、思った。何しろ、私は自分の家にいるのだ。そして、その家の保証人になっているのは父なのだ。勝手に家を出れば父に迷惑がかかる。それは嫌だった。しかし、別れ話をしても、彼は聞く耳さえ持っていなかった。あまり煩く言うと、彼は私を殴ろうとする。顔に傷などつけられたら、どうやって会社で言い訳けしていいか分からなかった。それだけは避けなければならない。二人して仕事を失ったら、どうやって生きていけばいいのか分からない。
 自殺未遂の狂言を二度した。自殺未遂を一度した。彼は三度、私が数日会社を休まなければならないほどの暴力をふるった。別れ話をした回数は無数。別れるときには会社に怒鳴りこむなど脅された回数も無数。私は刃物を二度持った。毒薬をサイトで検索したのが一度。白紙の履歴書を彼に破られたのが二度。
 そして、彼は私の部屋でニートになった。

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