七月、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』が芥川賞を受賞したというニュースを見て、それが掲載されている文學界六月号を文京区図書館に予約した。たしかそのときは八十番目ぐらいだったと記憶している。それが五カ月経ってようやく順番がまわってきた。
そんなに待つぐらいなら買えばいいじゃないかという意見もあるだろうが、急いで読みたいわけじゃないのでこれで良い。芥川賞受賞作だから一応目を通しておくだけだ。
映画でも似たようなことをしている。アカデミー作品賞を受賞した作品は興味の湧かない設定でも一応観るようにしているのだ。
文学と映画に関しては、そのようにして今はどんなものが評価されているのかを知ろうとぼくなりに努力している。そうでもしないと好きなものしか読まなくなったり観なくなってしまうからだ。星新一さんと海老沢泰久さんと村上春樹さんの本しか読まず、ヒッチコック作品しか観ないのでは偏りすぎだろう。
偏っていても問題ないのかもしれない。しかしぼくが恐れているのは、自分の“感覚”が鈍ることだ。こだわりは大切だが、こだわり“だけ”では足りない気がしている。現代を否定する懐古主義者にはなりたくない。だから自分の好みはともかく、一応は目を通す。はずれが多いが、キラリと光る才能に出会えると喜びも大きい。そして面白いことに、そうしていると結局自分が強く惹かれるものがより明確になる。自分のこだわりが強化されるわけだ。
それはともかく『コンビニ人間』。滅多に出会えない面白さだった。芥川賞受賞作でこんなに夢中になれたのは絲山秋子さんの『沖で待つ』以来だ。
子供のころから肉親を含めた周囲の人たちに「変わった子」と見られていた女性が大学生になってコンビニで働きはじめる。マニュアルどおりに動くことで「普通」に見られ、そのことで女性も平穏に過ごせるようになる。まさにコンビニ人間としか言いようのない女性の物語。
たぶん映画化もされるだろう。本のイメージを壊さないキャスティングを望むばかりだ。
とにかくぼくは村田沙耶香さんのほかの作品も読みたくなり、小説とエッセイを一冊ずつ、文京区図書館に予約した。
ログインしてコメントを確認・投稿する