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2015年08月27日21:20

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光る源氏の晩年の歌

「もの思ふと過ぐる月日も知らぬまに年もわが世もけふやつきぬる」

玉上琢彌訳
「もの思いに月日のたつのも知らずにいるうちに、この年も、わが寿命も今日最後になったか」

玉上訳『源氏物語(第七巻)』所収「幻」の帖より

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これは、源氏物語の中に書かれている光る源氏が詠んだ最後の歌。年立(物語の中の年表)によれば、光る源氏が52歳のときの歌ということになっている。実質的には「辞世」のようにも読める。

サイデンステッカーは、この歌を次のように英訳している。

I have not taken account of the days and months.
The end of the year―the end of a life as well?

■拙訳
「私は、日々や月々を数えることもせずに過ごして来ている。
歳末。そして私の人生も、この年と同様に終わるのか。」

現代を生きる51歳の僕には、これほどの深い感慨は無い。
もちろん、僕よりも若くして事故や病に仆れた人々も少なくない。特に、病気で生死の境を彷徨ったような人であれば、もっと若い歳でも、このような感慨を抱くこともあるかも知れない。
この感慨に、共感するほどのものはないが、でも、その気分だけは少しは分かるような気がする。少なくとも、若い頃に比べれば、ずっと分かるようになってきているのではないかと思う。

昨日の日記に引用した
「中年となり、心と身体の弾みを失って、初めてわかる本というものがある。」
という石田衣良の言葉を読み返しながら、「中年となり、心と身体の弾みを失って、初めてわかる」こととは具体的にどのようなものであるか、少しだけ考えてみた。
「死」というものも、その中に含まれるような気がする。
しかし、けっして、それだけでもないとも思う。

そんなことも、いずれ改めて考えてみたい。

■中年男にとっての源氏物語(2015年08月26日)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1945477139&owner_id=2312860
■源氏物語に関する日記の目次
http://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=2312860&id=1859548426

■サイデンステッカーさんの英訳(源氏物語の和歌)
http://www.genji.co.jp/uta/41uta.htm

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