息子が父の影を追うように反復・シンクロしていく物語。渓流釣りで親子の動作が美しくシンクロしている場面が有名だ。子供が小さかった頃(笠智衆と津田晴彦)と大きくなってから(笠智衆と佐野周二)の2回、釣りの動作が反復される。この川釣りの親子シンクロ動作は、すでに『浮草物語』(1934)で小津はやっている。そのときは坂本武と三井秀男の親子だった。
笠智衆が先生をやっていて、修学旅行先でのボートの事故による生徒の死、葬式が最初にあり、最後は父の笠智衆の死で終わる。小津の映画で葬式は定番である。死から始まり、死で終わるというのも小津映画らしいパターンである。戦時下の唯一の小津作品であり、父と息子の絆が温かい親子愛として描かれている。親子がなかなか一緒に暮らせない物語であり、息子はずっと父と暮らしたいと願っているのだが、最後の父の死の直前の一週間まで実現しない。そして一緒に時間を過ごせたと思ったら父は死んでしまうのだった。
最初は堀川(笠智衆)は金沢で教師をやっていて(口髭にあご髭まである若き笠智衆だ!)、妻を早くに亡くして小学生くらいの息子と暮らしていたのだが、生徒の事故死の責任を感じて教師を辞める。そして故郷の長野に息子と一緒に戻って村役場で働く。息子の良平(津田晴彦)が中学生となり寄宿舎に入るようになると、笠智衆は単身で東京へ行き、工場で働くことにする。そこで最初の親子の別離がある。食事後に父から別れることを聞く息子はずっと下を向いている。父から離れて後ろ向きで泣いている姿がいじらしい。その後、息子(佐野周二)は仙台の帝大に進み、秋田の学校で教職に就く。東京で一緒に暮らせない。父が黒板で数学を教えている場面が最初にあり、反復するように今度は息子が黒板を前に科学の授業をする。一度、秋田に笠智衆が訪ねてきて、一緒に温泉に入り、川釣りして久々に親子の時間を過ごす場面がある。そして佐野周二は仕事を辞めて、「東京でお父さんと一緒に暮らしたい」と提案するのだ。しかし笠智衆は「自分の仕事を全うしろ。どこまでも仕事をやり遂げなさい。」と息子の提案も拒否して「仕事と私生活は別だ」と諭すのだ。中学生の時と同じように、うなだれて下を向く佐野周二。反復されるアクション。
そして休みを取って東京にやって来た佐野周二。笠智衆は教師時代の同僚の平田(坂本武)と一緒に、生徒たちに同窓会を開いてもらう。生徒の一人に佐分利信がいる。そして同窓会でいい気分で帰ってきた夜に突然息子の前で倒れるのだ。息子の嫁に平田の娘(水戸光子)をと考えていたた笠智衆、病院に平田と一緒に娘も見舞いに来ていた。そして息を引き取る笠智衆。佐野周二と水戸光子は結婚して一緒に父の遺骨を持って秋田へ列車で向かうのだった。小津の多くの映画であるように走りゆく汽車の映像で終わる。
<小津安二郎生誕120年 連載コラム「わたしのOZU」第9回「デジタル復元版の衝撃」>の古賀太のコラムによると、戦時中に撮られたこの作品は、映画を統括していた情報局によって作られた「国民映画賞」の「情報局長賞」を獲ったという。なぜこの『父ありき』が「国民映画」として評価されたかというと、公開時は戦争高揚的な場面があったのだ。同窓会の席で、笠智衆が朗々と歌う詩吟は戦後版は丸々カットされているが、日露戦争の軍神、廣瀬武夫中佐の「生気の歌」だったそうで、同級生の中で3名が従軍中で、武運長久を祈る報告シーンもあったらしい。そして頭を短く刈った佐野周二は徴兵検査で甲種合格をしており、それを祝う台詞もあったそうだ。さらに秋田へ向かうラストの列車では、「海ゆかば」がたっぷり流れていたそうだ。それがすべてカットされているのが、戦後版ということのようだ。戦時色を一切省いて、親子の愛情物語に再編集していたのだ。
<追記>
その公開当時を再現したデジタル修復版を見ていないので確かなことは言えないが、この作品は間違いなく小津の戦争映画と言えるだろう。この映画では不自然なまでに息子の佐野周二が父の笠智衆のことを反復するように影を追いかけ、尊敬し続けている。決して反発しない。遠く離れているからこそ、余計にその父の存在は尊敬の対象になる。そばにいればイヤな部分も見えるだろうが、遠くの存在は幻想を膨らませる。それはそのまま、忠君愛国、父への愛は天皇への忠誠へとつながっていく。父権制への愛、忠誠を描いた映画なのだ。この映画の笠智衆は、やたらと饒舌に仕事をやり遂げる大切さを説く。小津映画で見続けた笠智衆とは違うのだ。きっと甲種合格した佐野周二もまた戦地へ行って死んでいくのだろう。生徒の死から始まり、父の死、息子の死が予感され、すべてが死んでいく映画とも言える。戦争を直接的に描かないと言われた小津映画だが、戦後の映画はすべて戦争の影=死が支配していると言えるかもしれない。家族がバラバラになり、法事や死は何度も描かれ、死者はいつも家族の中心的な存在でもあり、そして人はそれぞれ絶対的な孤独を抱えて生き続ける。結婚や未来は描かれても、幸福よりも別離であり、悲哀と孤独が強調される。戦後すぐに撮られた『風の中の牝鶏』の佐野周二は戦争の亡霊のように見えたし、遺作となった『秋刀魚の味』では、娘の結婚式に出た笠智衆がバーのマダムの岸田今日子に「お葬式の帰り?」と問われ、「まぁ、そんもんだよ」と答える。そして、かつての軍隊での部下の加東大介に「艦長」と呼ばれ、軍艦マーチが店に流れる。絶対的な孤独とともに戦争が浮き彫りになる場面だ。軍部の命令で戦意高揚映画を撮るように命じられてシンガポールに渡った小津安二郎は、何も撮らず、ひたすら押収したハリウッド映画を見続けたと言われている。盟友の山中貞雄の戦死をずっと引きずっていたという見方もある。いずれにせよ、戦争の影に支配されづけた映画監督が小津安二郎なのかもしれない。
1942年製作/94分/G/日本
配給:松竹
監督:小津安二郎
脚本:池田忠雄、柳井隆雄、小津安二郎
撮影:厚田雄治
音楽:彩木暁
キャスト:笠智衆、佐野周二、津田晴彦、佐分利信、坂本武、水戸光子、大塚正義、日守新一、西村青兒、谷麗光、河原侃二
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(C)1942松竹株式会社
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