本作はフリッツ・ラングの傑作『スカーレット・ストリート』(1945)の元ネタになったジャン・ルノワールの『牝犬』、1931年、ジャン・ルノワール監督の2作目のトーキー作品。ほんとにそっくりな映画で驚いた。原作があるので、同じ物語なのは当然と言えば当然なのだ。ジョルジュ・ド・ラ・フシャルディエールの小説『La Chienne』およびそれを元にしたアンドレ・ムエジー=エオンの同名舞台劇が元になっている。『スカーレット・ストリート』はフリッツ・ラングによってアメリカでリメイクされた作品ということだ。ジャン・ルノワールの本作も面白い。主演のミシェル・シモンがただの堅物の哀れな真面目な中年男と言うよりも、スケベオヤジな感じがあって、欲望が見え隠れする。『スカーレット・ストリート』のエドワード・G・ロビンソンよりも、俗物っぽく人間臭い。
冒頭は人形劇による前説から始まり、3人の物語だと告げる。内気で馬鹿正直なお人好しの中年ルグラン(ミシェル・シモン)、色気と俗っぽさを備えた娘リュシエンヌ(ジャニー・マレーズ)はわる気がないが嘘つき、そしてデデ(ジョルジュ・フラマン)という色男。カメラは変な場所から始まる。料理を運ぶエレベーターの箱から撮影されたカメラは、運ばれる料理とともに宴会の席が映し出される。こういう変わった映像の工夫は、本作ではいろいろとある。賑やかな会社の目出度い祝いの席、ルグランをからかおうとみんなで二次会に誘うが、堅物のルグランは誘いを断り、一人夜道を帰る。そして階段で言い争うカップルを目撃する。女は男に殴られ、蹴られている。そんな女性を助けるルグラン。二人を家までタクシーで送り、女の恋人である男はルグランを秘かに利用しようと女に騙すように言い、女は男のためにルグランにやさしく接する。ルグランは自分は結婚していることを告げ、趣味で絵を描いている画家であると言う。
ルグランの妻の悪妻ぶりが凄い。絵を描くルグランが気に入らないらしく、画材道具や描いた絵が邪魔で、捨ててやるとわめている。戦争で死んだ前夫が忘れられないらしく、前夫の肖像写真の前で言い争う二人。トランプの賭け事で遊び、借金を増やすデデ。新しく立派な部屋をリュシエンヌはルグランに用意してもらい、デデはルグランの絵を女が描いたことにして売りさばく。クララ・ウッドという名前でリュシエンヌは有名画家になる。ある時、妻の前夫の曹長が生きていたことが分かり、ルグランは曹長をハメて、妻を曹長に押し付けて自分は家を出る。晴れて自由の身になったルグランは、雨の夜にリュシエンヌの部屋に行くが、そこにはデデがいた。ルグランが部屋に入ったところを、カメラは窓外からベッドにいる二人と扉で立ち尽くすルグランを撮る。横移動しながらカーテンの窓越しの映像がユニークだ。決定的な場面をあえて客観的に引いて描いている。ベッドでデデと寝ているリュシエンヌは、デデが恋人であることをルグランに告げる。部屋からとぼとぼと出ていくルグラン。雨の夜に鞄を持って街を歩くルグラン。リュシエンヌと出会ったあの階段・・・。翌朝リュシエンヌの部屋に戻ってきたルグランは、「男から君を守る」と言うが、リュシエンヌは絵が目的でルグランに会っていたことを告げ、「お金目当てでなきゃ、相手なんかするもんですか。鏡を見たら・・・」と残酷なことを言う。「汚い女め。女でもない牝犬だ。食い物のためなら、殴られても媚びる」と言うが、リュシエンヌは「男を愛している」と言う。「遠い所へ行こう」という必死なルグランの誘いを、リュシエンヌは突然笑い出すのだ。カメラはベッドに投げ出されたペーパナイフを映し出し、アパートの外の路上で演奏しているミュージシャンたちと歌手の歌声に人だかりができている場面を映し出す。二人の修羅場とはなんの関係もない路上の音楽と人だかり。それが並行して描かれ、カメラが路上から上昇していく間に、ルグランの殺人が行われ、フェイドアウトしたあとに、カメラは窓から部屋に入り込み、血だらけのベッドと死んだリュシエンヌの手にキスしているルグランを映し出す。殺人シーンを直接描かず、関係のない路上のストリートミュージシャンを描くという映像演出。登場人物たちの修羅場の決定的場面を直接見せるのではなく、引いて見せるジャン・ルノワールの演出は、やはり凄い。ルグランの家でも、髭剃りするルグランを映しつつ、窓から見える隣のビルの窓のピアノを弾く少女を映してみたり、ドラマとは関係のない人々を引いた目線で画面に取り込むのだ。
『スカーレット・ストリート』とまったく同じように、裁判でデデが殺人犯にされ、罪に問われないままルグランは浮浪者となって街を彷徨っている。そして、同じような浮浪者になっている曹長と再会し、死んだ元妻のことを知り、二人のそばをかつてルグランが描いた自画像の絵が画廊から車で運ばれていく。そんなことにも気づかずに道路の落ちていた20フランを見つけて喜ぶ二人で映画は終わる。『スカーレット・ストリート』よりも、罪に苛まれている浮浪者ではなく、気楽に生きている感じで終わる。それだけ本作のミシェル・シモン演じるルグランの方が俗物的なのだ。本作の『牝犬』とフリッツ・ラングの『スカーレット・ストリート』を見比べるのも面白いと思う。
1931年製作/フランス
原題:La Chienne
配給 ゴーモン
監督・脚本:ジャン・ルノワール
原作:ジョルジュ・ド・ラ・フシャルディエール、アンドレ・ムエジー=エオン
製作:ピエール・ブロンベルジェ、ロジェ・リシュベー、チャールズ・デビッド
撮影:セオドア・スパークール
編集:マルグリット・ルノワール
キャスト:ミシェル・シモン、ジャニー・マレーズ、ジョルジュ・フラマン、ロジェ・ガイヤール
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