mixiユーザー(id:3912568)

2026年07月28日12:32

60 view

「海辺の一日」エドワード・ヤン〜回想に回想を重ねて・・・自ら選んだはずのままならない人生〜

オープニングは海辺のシルエット。何人かのシルエットが海をバックに美しく浮かび上がる。家族の思い出の場面?幸福そうにも見える海辺のシルエットが、実は大事な人の「死」にまつわる場面であることが後で分かる。恐ろしく美しきファーストカットである。

エドワード・ヤンの長編デビュー作。やっと観ることが出来た。しかし167分と長い。エドワード・ヤンの映画は長いものが多い。映画史に残る傑作『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』(1991)が4時間弱の236分、遺作となった傑作『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)は3時間弱の173分。いずれも長いのだが、見応えは十分。それは物語が複雑に複層的に絡まっているからだ。本作もまた、回想の中に回想を重ね、主役が移り変わるかのように、様々な人物の人生が描かれていく。ただ、物語は至って単純なものであり、不毛な愛のメロドラマ、ままならない人生が描かれる。悔恨、過った選択、あり得たかもしれない別の人生・・・、何が行き違い、間違ってしまったのか・・・。

<以下、ネタバレ注意>

最後に海で夫が死んだのか、どこかに行ったのか?日本へ旅立ったのか?ハッキリしない行方不明なままで映画は終わる。結末をあえて描かない。そんな行方不明なままで終わる展開は、ミケランジェロ・アントニオーニの『情事』(1960)を思い出した。「愛の不毛」を描き続けたと言われるアントニオーニの『情事』では、登場人物の一人の女性が、映画の途中、無人島で行方不明になり、そのまま消えてしまうのだ。みんなで探すのだが見つからないまま、その女性の存在自体が忘れ去られてしまうようなのだ。そんな愛の不在と存在自体の不安が描かれる。本作では、佳莉(ジャーリィ=シルビア・チャン)の夫・徳偉(ドゥウェイ=デビッド・マオ)は海で自殺したのか、どこかへ雲隠れしたのか?海から遺体は見つかったようだが、それが徳偉(ドゥウェイ)だったのかどうか明らかにされないまま、終わる。佳莉(ジャーリィ)にとって、どちらでも同じことだったのだろう。彼女の前から、徳偉(ドゥウェイ)は永遠に消えてしまったのだ。

有名なピアニストの蔚青(ウェイチン=フー・インモン)が、13年ぶりに台湾へ戻ったことを、彼女と旧知の仲である佳莉(ジャーリィ)が知るところから映画は始まる。そして台北での公演前、翌日はすぐに日本へ移動する忙しい彼女に、「会いたい」と伝言を残す。蔚青(ウェイチン)は、佳莉(ジャーリィ)の兄・佳森(ジャーセン=ミンシ・アン・ツォー)と恋人同士だった。しかし、佳森(ジャーセン)は、開業医である親の決めた相手と結婚を決め、フラれた蔚青(ウェイチン)は傷心のまま、台湾を離れたのだった。妹の佳莉(ジャーリィ)と会うのも躊躇うが、二人は13年ぶりにカフェで再会する。そして佳森(ジャーセン)が蔚青(ウェイチン)に、13年間の台湾での自分たちのことを語り出すのだ。これは、エドワード・ヤンが台湾を離れてアメリカにいた期間と重なるらしい。台湾が大きく変化し、発展を遂げる13年間。台湾社会の移り変わりを、一人の女性のフラッシュバックの回想形式で描いていく。最初は、蔚青(ウェイチン)と佳森(ジャーセン)の恋の物語として始まる。美しい光の中でタンゴを踊る二人。そんな兄の恋人・蔚青(ウェイチン)と仲良くなる佳莉(ジャーリィ)。しかし、家父長的な厳格な父親に言われるがまま、佳森(ジャーセン)は別の女性と結婚する。好きになった女性と結婚しなかった悔恨は、『ヤンヤン 夏の想い出』のヤンヤンの父親NJと重なる。この映画では、元恋人同士の二人は再会して、日本で昔のようにデートをするのだが、過去の時間はもう取り戻せない。そんな悔恨が描かれる。

開業医をしている父親の日本家屋風の佇まいが、ホウ・シャオシェンの『冬冬(トントン)の夏休み』(1984)の開業医である祖父の家を思い出す。夏休み、兄と小さな妹は、田舎の町の大きな日本家屋で過ごすのだ。本作では、大きな家の庭には小鳥が飼われていて、長い廊下があって、和室があり障子がある。兄と同じように結婚相手を決められそうになった佳莉(ジャーリィ)は、雨が降る夜にカバンを持って家出をする。その障子のシルエットが印象的に描かれる。蔚青(ウェイチン)と佳森(ジャーセン)の恋の物語から、妹の佳莉(ジャーリィ)と徳偉(ドゥウェイ)の物語に回想は移っていく。

台北に逃げ出してきた佳莉(ジャーリィ)は兵役を終えた徳偉(ドゥウェイ)と自分たちだけで結婚式を挙げた。それを聞いた蔚青(ウェイチン)は、「二人で今夜の演奏会に来て」と誘うが、佳莉(ジャーリィ)は徳偉(ドゥウェイ)が海で行方不明になったことを語り出す。二人だけで幸福な結婚を決めたはずなのに、なぜ彼が海で行方不明になってしまったのか?回想はさらに二人のスレ違いの結婚生活の回想を重ねていく。

「この社会ってわざと夫婦を引き離すみたい。男性には男性の活動の場があり、女性には別の場所がある。一緒にいたいと思っても日曜日しかない」と佳莉(ジャーリィ)は言い、映画やドラマのように結婚がゴールではなく、その先の二人の関係の難しさを描いていく。このあたりになると、蔚青(ウェイチン)に語っているという形式そのものが忘れ去られ、佳莉(ジャーリィ)と徳偉(ドゥウェイ)の夫婦間の物語になっていく。結婚記念日のスレ違い、会社での忙しさと付き合い、喧嘩、浮気の発覚、中味と宛先を愛人と間違えて送られてきた手紙、その手紙を持ってきた愛人、職場にいきなり現われる妻・・・などスレ違いのメロドラマ的なエピソードが積み重ねられていく。佳莉(ジャーリィ)が母親(メイ・ファン)と再会する場面では、さらに回想は重ねられ、佳莉(ジャーリィ)の子供時代に父親が看護婦と浮気する場面を見てしまったこと、母親がその看護婦に金を渡している場面などの回想エピソードまで描かれる。表側の顔と裏側の両親の顔。佳莉(ジャーリィ)の親友が不倫の果てにシングルマザーとなって生きる姿も描かれるし、徳偉(ドゥウェイ)の愛人に「あなたは物語の世界で生きているのね」とも言われたりする。佳莉(ジャーリィ)は、ちゃんと徳偉(ドゥウェイ)と向き合ってきたのか?生け花をし、髪型を変え、自ら変わろうとする佳莉(ジャーリィ)。夫の海外出張時のちょっとした浮気心や迷い、倒れて入院し、やり直そうとする再会した二人などを描きつつ、徳偉(ドゥウェイ)が行方不明になった海辺の回想に戻っていくのだ。金を使い込んだのか?愛人に利用されたのか?精神的に追い込まれていたのか?徳偉(ドゥウェイ)のことは、彼にしか分からない。

最後は、兄・佳森(ジャーセン)の死を伝え、蔚青(ウェイチン)のもとを去って行く佳莉(ジャーリィ)の後ろ姿で終わる。そこには自分の足で歩き始めた佳莉(ジャーリィ)がいる。父への反発、兄とは違う人生を選ぼうとしたはずなのに、うまくいかなかった結婚生活。髪型を変え、新たな自分を模索しようとしたのに、自分の元から去って行った夫。そして、ようやく始まろうとしている佳莉(ジャーリィ)の人生を、かつて傷つきながらも自分の世界を獲得した蔚青(ウェイチン)が見つめる。

簡単にわかり合えない他者である夫婦、どうにもならない人生、間違ってしまったかもしれない選択と悔恨、うまくいかない社会の重圧やトラブル、それらを抱えながら生きていくこと、そして死んでいくことの人生が描かれている。父の死とともに開業医を閉鎖することになって、世間から忘れられていった兄・佳森(ジャーセン)は病気で死ぬ間際、美しい光の中でベッドのパイプを握りしめる。その手の動きに、生への愛おしさや執着が感じられる。エドワード・ヤンもまた59歳の若さで亡くなった。そのやりきれなさ、生へ執着が、あの手の動きに先取りして描かれたようにも思えてくる。恐るべきデビュー作である。


1983年製作/167分/G/台湾
原題または英題:海灘的一天 That Day, on the Beach
配給:ツイン

監督:エドワード・ヤン
脚本:エドワード・ヤン、ウー・ニェンツェン
撮影:クリストファー・ドイル、チャン・ホイゴン
編集:リャオ・チンソン
キャスト:シルビア・チャン、フー・インモン、デビッド・マオ、ミンシ・アン・ツォー、メイ・ファン、リー・リエ
☆☆☆☆4
写真引用(C)2010, 2024 Fortune Star Media Limited. All Rights Reserved.
4 5

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年07月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031