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2026年07月24日21:06

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「バルカン超特急」アルフレッド・ヒッチコック〜走る密室での群像ミステリー・サスペンス劇の傑作〜

アルフレッド・ヒッチコックのイギリス時代を代表する傑作であり、多くの人々に影響を与えた作品でもあるだろう。列車という密室空間で起きる群像ミステリー・サスペンス劇だ。列車の中で一人の老女がいなくなる。しかし、まわりにいた誰もがその老女の存在自体を否定する。老女はそもそもいなかったのか?記憶の混乱と消えた人物の謎。

老女と親しく話していた女性アイリス(マーガレット・ロックウッド)は、列車に乗る前にホームで上から落ちてきたもので頭を打ち、列車に乗って休んで眠っていたら、その老女ミス・フロイは、目の前の座席から忽然と消えているのだ。しかも、一緒に乗っているそばの乗客たちも、そんな老女は知らないと言う。「あなた一人でしたよ」と。アイリスはミス・フロイと一緒に食堂車でハーブティーを飲んだ。それにもかかわらず、誰もミス・フロイの存在を証言してくれない。頭を打ったせいでの幻覚だと乗り合わせた脳外科医にも言われてしまう。アイリスは自分の記憶に自信を無くしていく。明らかに存在したミス・フロイはどこへ消えてしまったのか?これだけ多くの人間が示し合わせたように彼女の存在を否定するとは、一体どういうことなのか?観客もアイリスと一緒にミステリーに入り込み、その謎を解いていく物語。

あらためて見るとよく出来ているし、奇妙な映画でもある。移動する密室空間での人間の消失。誰もが口を揃える存在そのものの否定。そんな不自然なシチュエーションを無理やり成立させ、観客をミステリーに引き釣り込む。手品師のカラクリ箱、動物たち、途中の駅で搬送される包帯の患者、付き添うハイヒールの尼、脳外科医、幻覚の暗示、ミス・フロイの代わりの女性の登場、賄賂、スパイ、協力する乗客たち・・・。そもそもスパイが握った秘密そのものもハッキリとは描かれないし、どんな危機なのかも分からない。音楽の暗号に秘密を託す謎の老女。奇想天外なミステリーを作り出すためのミステリーとも言えるが、ミステリーの自体を楽しめばいいのである。

東ヨーロッパの架空の国バンドリカ。雪崩で列車が動けなくなり、ロンドン行きの列車の出発は明日になると乗客は告げられ、駅近くの小さなホテルは客でごった返している。ドイツ語なのかスペイン語なのか意味不明のバンドリカ語が飛び交い、異国に迷い込んだ外国人の孤立感が描かれる。最初、誰が主人公なのかよく分からない群像劇として始まる。英国のクリケットの試合が気になって仕方がない英国紳士二人組、不倫旅行中の弁護士と愛人、音楽の家庭教師でバンドリカに6年滞在してロンドンに帰る老女ミス・フロイ(メイ・ウィッティ)。そのホテルに3人の若い娘たちがやってくる。その1人がアイリス・ヘンダーソン(マーガレット・ロックウッド)というイギリス人女性で、結婚が間近に迫っている。結婚前の最後の女友達との旅のようだ。クリケット好きの二人は、部屋もなくメイドの狭い部屋をあてがわれ、夕食にもありつけないが、常連客のアイリスは立派な部屋で豪華な食事とシャンパン。その待遇差が理不尽で可笑しい。ミス・フロイがホテルの部屋で、窓下のギターの調べと唄を聞いていると、上階からクラリネットと民族舞踊の踊りが始まり、下の階で寝ようとしていたアイリスはうるさくて眠れない。支配人に金を払って上の客を部屋から追い出すように画策。部屋から追い出されてやって来たのが、クラリネットを吹いていたギルバート(マイケル・レッドグレーブ)だ。二人は険悪な形で出会う。金持ちの鼻持ちならないお嬢さんと、図々しい男。そして、その夜にギターを弾いて唄を歌っていた男は、何者かに殺される。手の影のアクションでギター弾きの男の首が絞め殺される。この殺された男とミス・フロイの関係はハッキリ描かれないが、これから次々と事件が始まる不穏な空気の幕開けである。やや長いプロローグであるが、奇妙なホテルの奇妙な音楽をめぐるエピソード。音楽は最後までテーマとして重要な役割を担う。

ミス・フロイが駅のホームで狙われ、代わりにアイリスの頭の上にモノが落ちる。列車に乗り込んだミス・フロイは、アイリスを介抱し、食堂車に連れて行ってハーブティーを飲ます。このミス・フロイの描かれ方が、どこにでもいるお喋りな老婆という感じで、まったくスパイには見えないところが上手い。事件の被害者に見えてしまうのだ。フロイは名前を言うが相手が聞き取れなくて、窓ガラスに自分の名前を書く。そのアクションが、後々、アイリスが自分の記憶を取り戻すキッカケになる。フロイと言う名前が窓ガラスに残っていたのだ。その他、ハーブティーの袋や、クリケット紳士二人組から借りた角砂糖など、細かい小道具の演出が物語に絡んでくる。

アイリスがミス・フロイの消失を騒ぎ立て、誰もが否定する中でアイリスに協力するギルバートは、昨夜の二人の険悪な関係を考えると無理筋な感じもあるが、喧嘩し、敵対しつつ一緒に協力しながら恋が芽生える男女はよくあるパターンである。前作『第3逃亡者』(1937)もまさにそうだった。列車の中で、手品師のカラクリ箱や鳩や動物たちとともにふざけながら二人が推理する場面がいい。笑いの要素と恋を混ぜながらミステリーを展開していくヒッチコックの作劇術と演出が見事。

不倫のカップルの痴話喧嘩から、「ミス・フロイを見た」という証言がされる。群像劇として、クリケット英国紳士や不倫カップルなど脇役を効果的に物語に絡ませていく。包帯患者に付き添った尼のハイヒールの不自然さから、ミス・フロイが包帯で運び込まれた患者と入れ替わっていたことが分かる。列車の窓から外に出て隣の窓から入るというアクションシーンも映像合成によって作り出されている。後半は一気にミステリーはアクション劇になっていく。列車が切り離され、国境を越える前にバンドリカ国の機密を守るために、軍はスパイを逃がすまいと森の中での銃撃戦が始まる。外国人の乗客たちは、国際機密をめぐってのスパイ争奪戦に巻き込まれる。最後は、音楽の教師のミス・フロイが歌に暗号を潜ませ、ギルバートたちに託して一人逃げる。ギルバートは必死にそのメロディを覚えてイギリス外務省へ。しかし、ロンドンでアイリスが結婚を取りやめ、ギルバートを選んで恋が成就したところで、ギルバートは有頂天になってその暗記したメロディを忘れてしまう。ところが、ミス・フロイが無事に逃げおおせていたことで、そのメロディも必要なくなり、ハッピーエンド。最後まで、仕掛けたっぷりで笑わせてくれる。とにかく細部まで作り込まれている作劇の巧みさが感じられる傑作である。


1938年製作/97分/イギリス
原題または英題:The Lady Vanishes

監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:エドワード・ブラック
原作:エセル・リナ・ホワイト
脚本:シドニー・ギリアット、フランク・ローンダー
撮影:ジャック・コックス
美術:アレックス・ベチンスキー
音楽:ルイス・レビ
キャスト:マーガレット・ロックウッド、マイケル・レッドグレーブ、ポール・ルーカス、デイム・メイ・ウィッティ
写真引用コピーライト文輝堂
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