トニー・スコットの映画をこのところ続けて見ていて、本作も過去に見たはずのものだったが改めて見返してみた。映画館で観た映画はレビューを書いていたが、DVDで見たものはある時期までレビューを書いていなかった。この映画はもの凄い映像のカット数である。とにかくテンポがいい。ホン・サンスのように異様にカット数の少ない映画もあれば、トニー・スコットのように異様にカット数の多い映画もある。映画の表現というのは本当に幅広くて様々で、それぞれの面白さがあるのだから凄いと思う。
この映画を見ると、トニー・スコットは映像というものにもの凄く惹かれていたんだなと感じる。あらゆるものを映像化して見たいという欲望。映像というものへの愛。それは『ザ・ファン』(1996)や『ラスト・ボーイスカウト』(1991) のスポーツスタジアムに映し出される巨大スクリーンにも感じられたし、プロスポーツそのものが映像とセットで中継収録されるものだ。映像化されることで注目を浴び、映像化することで影響力が広がり、知らない現実をカバーする。人間はあらゆる瞬間を見たいという欲望があり、それは映像で捉えたいという欲望でもあり、それが監視社会にもつながっていく。しかし現実にはあらゆる瞬間など映像に捉えることなど出来やしない。空間的に限定された視線しか持っていない限界をカメラのテクノロジーで補完しようとしている。しかし映像に限界はあるし、映像で捉えられたとしても、本当の人間などそこに映ってはいない。
トニー・スコットは撮影技法において、マルチカメラという何台もカメラを同時に回して撮影する手法を使っている。1台のカメラを位置やサイズを変えながら、何度も芝居を繰り返して撮る映画監督の方が多いと思うが、最近は同時に何台もカメラを回して、編集でいいアングルのショットを使う監督も増えている。繰り返し演じたり表現できない再現が困難な一回性のものを、マルチカメラを使って撮影する場合は多い。トニー・スコットの本作は、その同時撮影マルチカメラが特に効力を発揮しており、あらゆるアングルの夥しいカットが使われている。様々に捉えられた登場人物たちの顔、顔、顔。そしてこの映画そのものが、あらゆる瞬間を撮り逃さないとする欲望、それは起きている大切なことを見逃すまいという意志が描かれているのだ。それでも大切なものは失われてしまうのが現実なのだが。デンゼル・ワシントンのセリフにあったように。「人はすべてを失う。父親、母親。美貌だって去る。愛する者は去る。この仕事で学んだ。手放すまいと努力しても、やがて失ってしまう」。
考えてみるとトニー・スコットの映画は映像をスイッチングし、コントロールする中継室のようなコントロールセンターがよく登場する。『ドミノ』(2005)では、テレビ中継車のようなものが出てきたし、『エネミー・オブ・アメリカ』(1998)はまさに監視カメラによる監視社会の話だった。『サブウェイ123 激突』(2009)では、地下鉄の運行司令室と現場の犯人とのやり取りの物語だったし、遺作となった傑作『アンストッパブル』(2009)も暴走する無人列車と管制室とのやり取りが描かれていた。司令室や中継室と現場。その声による通信のやり取りが、映画の重要な役割を担っている。それはスポーツ中継映像のようなものだ。リアルタイムで映像をスイッチングし、現場に指示を出しながらコントロールする中継室と時事刻々と変化していく現場。『アンストップパブル』なんて、まさにある特定の時間のなかで起きるフィクションの暴走列車生中継物語だった。コントロールセンターと現場で同時に起きている生々しい緊張感とアクション。それをトニー・スコットは執拗に描いてきたように思える。本作の「スノーホワイト」(白雪姫)と名付けられたFBIの監視システムセンターはその集大成みたいなものだ。街のある程度の範囲内の地域の映像が全てカメラで記録され、4日と6時間前のすべての映像を見ることができるというとんでもない監視システムの話なのだ。4日と6時間前の過去と現在の交信。その過去の映像に映っている死んでしまった女性クレア(ポーラ・パットン)にアメリカ連邦捜査機関ATFのダグ・カーリン(デンゼル・ワシントン)が恋してしまう話なのだ。あるいは、過去と現在のカーチェイスも描かれる。過去の映像と現在が交錯していく物語。さらに過去にタイムリープして、死ぬはずだったクレアを助けてしまうという無茶苦茶な展開の物語なのだ。過去に戻って、過去を変えてしまう掟破りのSF的設定。
ニューオリンズのカトリーナ台風被害の直後にこの映画は作られ、そのことが映画の中のニュースでも取り上げられている。この映画は、2006年2月28日のマルディグラの日、海軍水兵・退役兵・家族が乗ったフェリーが、突如大爆発するテロ事件から物語は始まる。オープニングのフェリー爆発事件までのドキュメンタリーのような映像がとにかく凄い。水兵やその家族たちの笑顔やはしゃぎぶり、夥しい人々の多彩な表情をカメラは撮影し、テンポ良く編集している。台詞などなくても、その映像のリズムが映画のリアリティを高めている。そしてある家族の少女の人形が海に落ち、それを悪い予兆とするかのように、543名もの犠牲者を出したフェリー爆破事件が起きる。災害処理班たちの動きや雨の中での遺体捜索。(雨をトニー・スコットは多用する)。そしてデンゼル・ワシントンが登場して、爆弾の破片を拾って、橋のモニター映像を確認しろとATFに電話するまで、台詞は一切なく、音楽と映像だけで10分程度見せていく。トニー・スコットの映画は、いつもオープニングが凄いのだが、この映画の長いオープニング描写も、エンディングでズレながら反復されることもあり、丁寧に撮られている。
それにしても、デンゼル・ワシントンが過去に戻って、この爆発テロ事件を起きなかったことにしてしまうタイムリープの強引な展開、しかも死ぬはずだったクレアを助けて、彼は海の中に沈んで死んでしまうのに、そのあと何事もなかったようにデンゼル・ワシントンは、クレアと初めてのように会ってハッピーエンド!?こんなメチャクチャな結末があっていいの?と呆気に取られる終わり方なのだ。現実に起きたニューオリンズの自然災害の悲劇を、フィクションの世界で似たような惨劇を描きつつ、SF的展開で起きなかったことにするという強引で傲慢とも言える物語なのだが、それでもこの映画が、あざとくなく嘘くさく感じらないのは、トニー・スコットのドキュメンタリーのような迫力ある映像構築とデンゼル・ワシントンのキャラクターの誠実さによるところが大きいだろう。辻褄の合わない変な話に違いないのだが、それでも面白いのだ。トニー・スコットの傑作が『アンストッパブル』(2009)であるのは間違いないのだが、この『デジャヴ』も一つの集大成のような映画と言えるだろう。
デンゼル・ワシントンが、クレア(ポーラ・パットン)にまず最初に会うのは、遺体であり、遺体解剖室で指を切られた彼女の手を握る場面だ。そして彼女のポラロイド写真を撮り、父親にその写真を見せ、父親から彼女の生きていた時の多数の写真を受け取る。その後にスノーホワイトの4日と6時間前の彼女の部屋の生きているクレアに映像で対面するのだ。遺体から死んだ写真、そして生きている写真を経て生きている過去の映像。その映像の中で、デンゼル・ワシントンは、彼女の視線と自分の視線を交わらせ、映像の中のクレアに恋をしていく。普通とは逆の過程を経て出会う男と女の物語であり、過去にタイムリープして生きている過去で対面し、彼女を助け、キスをして、命を救う。そしてクレアの知らない男として再び対面する。なんと奇妙な捻れた映画であろうか。
スノーホワイトと呼ばれる過去の復元映像は、巻き戻しが出来ない。マルチカメラで全てを撮ろうとしても、全てなど撮れやしない。監視カメラで現実を全て撮影し保存することなど出来ないし、過去は失われ、大切なものも失われ、消え去っていく。映画の中で、過去にメモを送ったことで、死ななくてもよかった相棒がフェリーの事故現場に行って犯人に殺されてしまう。すべてのものが失われてしまうどうしようも出来ない現実の流れの中で、どう抗うかを描いた映画であり、FBIのそれぞれの人物たちのリアルな反応の顔の映像を的確に捉え、積み重ねた結果、強引なフィクションそのものの映画世界で、それぞれの人間が生々しく息づいているのがこの映画の魅力なのだろう。デンゼル・ワシントンの魅力も含めて。
ちなみに、映画監督の濱口竜介と三宅唱、そして批評家の三浦哲哉が「映画の勉強会」として3人が集まって話したことをまとめた『演出をさがして』(フィルムアート社)という本がある。その中で取り上げられている映画監督は、ロベール・ブレッソン、ビクトル・エリセ、侯 孝賢(ホウ・シャオシェン)といった錚々たる世界の有名な映画監督たちの中で、トニー・スコットの映画が取り上げられている。この本を読んで、トニー・スコット作品を見ると、さらに彼の映画の面白さを実感できる。特に三宅唱は、トニ−・スコット映画が大好きらしく、大事な場面での役者たちの動きとその映像の的確さを具体的に言及していたのが面白かった。映画の演出の奥深さを実感できる良書である。
2006年製作/127分/アメリカ
原題または英題:Deja Vu
配給:ブエナビスタ
監督:トニー・スコット
製作:ジェリー・ブラッカイマー
製作総指揮:マイク・ステンソン、チャド・オマン テッド・エリオット、テリー・ロッシオ、バリー・ウォルドマン
脚本:ビル・マーシリイ、テリー・ロッシオ
撮影:ポール・キャメロン
美術:クリス・シーガーズ
編集:クリス・レベンゾン
音楽:ハリー・グレッグソン=ウィリアムズ
キャスト:デンゼル・ワシントン、ポーラ・パットン、ヴァル・キルマー、ジム・カヴィーゼル、ブルース・グリーンウッド、アダム・ゴールドバーグ、エルデン・ヘンソン、エル・ファニング、マット・クレイヴン
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写真引用(C)2006 TOUCHSTONE PICTURES and JERRY BRUCKHEIMER INC. ALL RIGHTS RESERVED.
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