タイトルにあるように交通事故死にまつわる映画であり、司葉子が交通事故で思い悩むという意味では『乱れ雲』(1967)の変奏であり、高峰秀子が交通事故で大切な一人息子を失うという意味では『女の歴史』(1963)の変奏であり、罪の意識に思い悩み自首するかどうか悩むいう意味では『女の中にいる他人』(1966)の小林桂樹の変奏である。今回は司葉子が思い悩む。映画の中で何度も交通量の多い信号のない横断歩道が出てくるが、おそらく1960年代中盤頃から、車社会が一気に加速し、交通事故死が大きな社会問題になっていたのであろう。交通事故死が頻繁にこの時代の成瀬映画で取り上げられている。松山善三のオリジナル脚本である。
少年がパチンコ屋で玉を拾ってパチンコをする場面から始まる。それをチンピラの林弘二(黒沢年雄)が見つけ、大衆食堂で働く弘二の姉、5歳の少年・武の母である伴内国子(高峰秀子)のところに連れて行く。国子は終戦後、売春婦をしていたが、心ある男に救われ結婚。しかし夫を事故で亡くし、苦労しながら一人で息子を育てていた。一方、山野モーターズ重役柿沼久七郎(小沢栄太郎)はバイクのエンジンを開発し、スピードを追求している。交通事故とスピード。相反する要素。その妻の絹子(司葉子)は、若い愛人(中山仁)と逢い引きの最中の車の運転で、道路から出てきた武を轢いてしまう。愛人と一緒だった疚しさから、そのまま通報せず、逃げてしまうのだ。家に戻った絹子は、車に付いた血を見つけ、夫に相談する。会社の命運をかけた新車の発売直前で、重役の妻のひき逃げ事件は表沙汰にしたくない。柿沼は今まで無事故のお抱え運転手・菅井(佐田豊)をまるめこみ、定年後の仕事と金を約束し、妻の身代わりにひき逃げ犯として自首させることにする。国子の息子・武はその後病院で死亡し、国子は卒倒して頭を打って入院。その治療費も含めて弘二が示談金を山野モーターズからもらい、自首した菅井の裁判は、僅かな罰金で決着。食堂で酔ってヤケになったように歌い騒ぐ高峰秀子が痛々しい。自分の唯一の生き甲斐である一人息子を失った母の悲しみ。そんな時、事故現場近くの目撃者(浦辺粂子)が、車を運転していたのは女性だったことを国子(高峰秀子)は聞く。国子は警察に目撃証言を伝えるも、裁判で決着した事件は、あやふやな証言だけでは警察も動いてくれない。仕方なく、国子は自分で復讐を決意する。
裕福な家庭の柿沼絹子にも、死んだ武と同じぐらいの一人息子・健一がいた。裕福な家庭と貧困家庭の一人息子の環境格差。さらに貧困の母子家庭の一人息子がひき逃げで交通事故死。犯人は裕福な家庭の妻であり、しかも不倫のデート中だった。あまりにも過酷な現実と格差。国子は、家政婦として柿沼家に入り込もうと、家政婦の人材登録をして機会をうかがい、遂に柿沼家に雇われるチャンスが来た。絹子の子供の健一を事故死させ、自分と同じ悲しみを味合わせてやろうと、信子は心に決めていた。しかし、健一は国子にすぐになつき、なかなか実行することが出来ない。橋から突き落とす妄想や、遊園地のジェットコースターから転落させる妄想を繰り返す国子。交通量の激しい横断歩道で交通事故に遭わせようとするも、国子の母性が健一を助けてしまう。もう一人の家政婦の賀原夏子が風邪で寝こんでいる隙に、国子は健一をガス漏れで殺そうとするも、ガスの臭いを賀原夏子に気づかれ、未遂に終わってしまう。
弟の弘二(黒沢年雄)に絹子に「自首しろ」と電話をかけさせたり、愛人とのデートを尾行させて、夫に絹子の浮気を知らせたり、国子が嫌がらせをするうちに、絹子も罪の意識と愛人との別れ話で追いつめられていく。そして、夫が不在になったある夜、国子はガス漏れで殺人を実行しようと寝室に忍び込んだその時、すでに絹子と健一はベッドで死んでいた。警察がやって来て、家政婦で発見者の国子が犯人だと決めつけ、子供がひき逃げにあった国子の動機も判明。厳しい取り調べで、「自分が殺した」と言う国子だったが、遺書が出てきて無実が証明されて釈放。しかし、半狂乱になった国子は、あの交通量の激しい横断歩道で、ひたすら子どもたちを事故から守るように渡る手助けをするのであった。そんなおかしくなった国子を弘二が抱きかかえていく。
夫との関係が冷め、若い男に愛を求める司葉子の寂しさと色気、そして罪の意識に苦しむ姿は、この映画の翌年に製作された『乱れ雲』につながっていった。愛する夫を交通事故で失って、夫を事故死させた相手の加山雄三に惹かれていく禁断の愛を描いた傑作であった。高峰秀子は、いつものように強い意志で行動していく。愛する一人息子を奪われた悲しみと復讐の眼差し。しかし、子供になつかれ、なかなか実行できないジレンマ。金持ちですべてを手に入れているのに満たされない不倫妻と夫も子供も奪われた貧しき未亡人。二人の女性のそれぞれの葛藤が描かれた作品である。
1966年製作/94分/日本
配給:東宝
監督:成瀬巳喜男
脚本:松山善三
製作:藤本真澄
撮影:西垣六郎
美術:中古智
音楽:佐藤勝
録音:斎藤昭
照明:平野清久
編集:大井英史
キャスト:高峰秀子、司葉子、小沢栄太郎、黒沢年雄、中山仁、賀原夏子、平田郁人、小川安三、小宮康弘、佐田豊、浦辺粂子、小野松枝、加東大介、土屋嘉男、中北千枝子、記平佳枝、柳谷寛、田島義文、清水元、向井淳一郎、加藤武、稲葉義男
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写真引用

︎1966 TOHO CO., LTD.
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