1953年製作、イタリアの「ネオリアリズモ」運動の中から生まれたオムニバス映画。6編の短編で出来ているが、後にイタリア映画界の巨匠となったミケランジェロ・アントニオーニとフェデリコ・フェリーニが参加している。永らく日本未発表だったこの作品が、2013年にDVDとブルーレイで発売となった。U-NEXTにて視聴。
リアリズム前提の映画で、都市に生きるリアルな男女をカメラが捉えた記録。映画スターや俳優は一切登場せず、大都市の住民たち、素人が出演。待つ、出会う、別れる。愛の3つの要素。恋人たちの街角での姿をまずいろいろな形で見せる。リアルな男女のフェイクドキュメンタリーのような感じ。「本編の登場人物は全員が本人である」とナレーションが入る。実際の素人にカメラの前で演じさせていると思われる。実際に起きたことを再現ドラマのように演じているのだろう。しかし再現シーンの声はアフレコであり、後から別の俳優が声を吹き替えている。
・『支払われた愛』カルロ・リッツァーニ
街角の売春婦たちを追いかけた作品。街の郊外の裏道、あるいは駅やその周辺に夜9時以降に立つ女たち。そんな売春婦たちにインタビューをしていく。生活のため、子供を育てるため。街をひたすら歩き続けて、1年で20足も靴を買い換える女。バーで誘いを待つ女。カメラは部屋まで押しかけて彼女たちの生活を覗く。ドキュメンタリー作品だ。
・『自殺の試み』ミケランジェロ・アントニオーニ
自殺をしようとした人々をスタジオに集め、その愛が壊れた物語をインタビューと再現で表現した作品。死のうとして川に飛び込んで助けられた話。50代に男性に言い寄られて惑わされ、婚約者に去られた話。手首を切って病院にかつぎ込まれ、「死ぬのって難しい。生きる執着はない。若者が生きるにはつらい時代だわ」、「将来が不安なの」と女は語る。ミケランジェロ・アントニオーニらしい愛の不安が描かれている。
・『3時間のパラダイス』ディーノ・リージ
17時から20時はダンスタイムで、タンゴやマンボで好きな男女と踊るお見合いダンスホールを描いた作品。これがなかなか面白い。喧嘩するカップル、パートナーがいて誘ったが引き下がる男、娘のために誘う相手の男を値踏みする母。顔をくっつけ、頬を重ね、踊りながら別の女や男と視線を交わす。踊らずにずっと見ていたカップルが手を握り合う。いい女が入って来るとみんなで囃したてたり、その相手の男と喧嘩が始まると、その隙にイケメンがそっと彼女をさらっていく。踊りの躍動感とともに、それぞれの表情がいい。モテる女やモテない女、汗をかく男や強く密着する二人。嫉妬や駆け引き。ダンスホールという空間の中で、それぞれの男女のドラマがある。
・『結婚紹介所』フェデリコ・フェリーニ
やはりこの作品が一番面白い。ところがこの作品は完全なフェリーニの作り話だったそうだ。「実話が元の話だから」と言って「ネオリアリズモ」の映画にフェリーニが入ってきたのだが、すべてフィクションだったことがわかり、プロデューサーのチェザーレ・ザヴァッティーニとフェリーニが喧嘩になったエピソードが伝わっている。街に「結婚相談所」があるというのを知って男が調査しに行った話。ローマの古い地区にある巨大な建物のなかに相談所があるというので、男がビルの中の迷路のような廊下を訪ねていくが、なかなか見つからない。いろんな人に聞くが知らないという。そのうち小さな子供が知っているというので付いていくと、どんどん子供たちが集まってきて案内してくれるのだが、見失ったりする。最初のこの導入部からして、面白いしワクワクする。夢の迷宮に入り込んだ気分になる。やっと辿り着いた結婚事務所では、息子のために「金髪の三つ編みの女性を探している」親がいたり、なんだか妙だ。男は架空の友人をでっち上げて、「大富豪だが満月の夜に狼男になる病気があるが、結婚したら治ると医者から言われた」と奇妙な嘘をつくのだが、そんな嘘もお構いなしに、相談所では女を紹介してくれる。男は街で待ち合わせをしてドライブに行って丘の上で女性と話をする。家が貧しくて、スレていなくて、純粋無垢な素朴な女性。男はでまかせの嘘にこれ以上この女性を巻き込んではいけないと、「この話はなかったことに」と言って彼女の幸せの祈って去って行く。フェリーニの純粋無垢な女性をマドンナのように扱う『道』のジェルソミーナのような存在がすでにここにもある。この作品の2年後の1955年の『崖』という映画でも、そんな純粋無垢な少女が出てきていたのを思い出す。フィクションや嘘が映画を面白くすることが、この映画を見ればわかる。
・『実話、カテリーナ物語』フランチェスコ・マセッリ
一番、ネオリアリズモらしい貧しき母親の物語。職を求めてシチリアからローマへきたカテリーナ。故郷に強制送還されたが、実家から追い出され、都会で逮捕。釈放後に子供を産んだが、1ヶ月、なけなしのお金を渡して子供を預けたが引き取れず、その女性からも訴えられる。仕方なく小さな幼子を抱え、行く当てもなく街を彷徨う女性の物語だ。実際に起きた事件を本人自身が演じている。結局、母親は子供を置き去りにして、子供は修道院に保護される。カテリーナは罪に問われるが、結局は無罪になった。貧しい過酷な現実と哀しき母親の存在。
・『イタリア人は振り返る』アルベルト・ラットゥアーダ
ラストは、イタリアの様々な魅力的な女性たちを撮影した作品。建物から外へ、暗闇から光の中へ、いろんな形で登場する女性たちを次々とカメラは映し出す。それを見つめる街の男たち。車から見つめる視線。カメラは横移動で女性を追う。あるいは階段を昇る女性の後をつける男。階段を昇った先には、女を待っていた男がいた。バイクで足を出しながら颯爽と街を走る女性が美しい。混んだバスに乗り合わせ、男に密着され、男の視線を気にしつつ降りた後もつきまとわれる女も描かれる。ローマの美女たちといったカタログ的な作品。
映画におけるカメラが持っている記録性に注目したのが「ネオリアリズモ」運動であり、社会的な過酷な現実をカメラで記録し描こうとした時代だったのだと思う。しかし、当然そこにはフィクションが入り込んでくるし、現実そのものをありのままに記録することなんて出来ない。誇張や演技、嘘が入り込んでくる。編集だって作為的にならざるを得ない。一方、フィクションの中にもドキュメンタリー性が現われるような生々しい瞬間もある。カメラは演技の中から生々しい身体や身振りを捉えることが出来る。映画はそんなフィクション性とドキュメンタリー性がせめぎ合うのが魅力なんだと思う。
製作国:イタリア/1953年/105分
原題:L' AMORE IN CITTA
LOVE IN THE CITY(米)
巷の恋(日本)
監督
『支払われた愛』カルロ・リッツァーニ
『自殺の試み』ミケランジェロ・アントニオーニ
『3時間のパラダイス』ディーノ・リージ
『結婚紹介所』フェデリコ・フェリーニ
『実話、カテリーナ物語』フランチェスコ・マセッリ
『イタリア人は振り返る』アルベルト・ラットゥアーダ
製作:チェザーレ・ザヴァッティーニ
撮影:ジャンニ・ディ・ヴェナンツォ
音楽:マリオ・ナシンベーネ
キャスト:アントニオ・チファリエッロ、リヴィア・ヴェントリーニ
☆☆☆3
写真引用

1953 STUDIOCANAL - Faro Film S.P.A.
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