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2025年11月21日20:15

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文章は青春のように。 〜「アヘン王国潜入記」より〜

「アヘン王国潜入記」という本がある。
 ミヤンマーに(かつてあった)麻薬のゴールデン・トライアングルに潜入した記録だが(ことがアヘンだからそう気楽ではない、はずなのだが)これが、中に入るにつれゆるゆるになってくる。どうしてかと言えば、ミヤンマー奥地の善良な村の人とって、アヘンとは言え単なる作物に過ぎなくて、善も悪もない日常の一部でしかない。だから、
「今日は天気がいいねぇ」
「お前(めぇ)のとこ草むしったかあ」
というような日常がもっぱらになる。

「アヘン村の一日」。これが正直なタイトルかな。

 アヘン、アヘン、アヘン、この「人類の魔法」はいったいどういうものなのか。
 まずは、アヘンを吸うとどうなるのか。古い写真を見れば、みな夢のような表情をしている(気もする)。
「ポーとしているけど気持ちいいのかな、それにしてもどんなものなのか」
「もしかしたら夢のような時間なのかもしれないな」
 興味はある。だって、人間の夢の時間かもしれない。しかし確かめようはない。
 一転、アヘンの禁断症状とはどんなものか。苦しいのか。苦しいなら、それはどんな苦しさなのか。これもわからない。

 話には聞く。しかし、体験したものはいないし、まして人体実験をするわけにもいかない。はずなのだが、
「やあ、一服つけようか」
 まるで縁側でオジさんがタバコを吸うように体験した人間の日記で。プラス、禁断症状の克服日記がついている。

 その本だが、「日本では評判にならなかった」と筆者は言う。ところが思わぬところから評判になっていた。
 外国人記者クラブに行った時、すれ違いざま肘をつつく記者がいる。
「お前、アヘンを体験したんだって。どうだったんだ」
 やにはに質問をする。これがすれ違うたびに、声かけになる。外人記者は、この本の世紀の希少性を理解していたことになる。

 その頂点が、CIAでの講演。
「あのー、CIAですが、わたしのとこで講演してもらえますか」
 電話があった。
「え、え、あのCIAですか…」
「おおーい、ホントかい」
 ホントなんですね、よーく考えると理にかなっている。「謀略の要」になるかもしれないアヘンの効能について、これほどの生きた資料は他にない。

 筆者、CIAでチョークを手に長時間講演をした数少ない日本人になった。

                ○

「アイ・ラオ、今度来たらな、アヘンを吸ってもいい。いくら吸ってもいいぞ。オレが許す。だから、また来いよ」

 アイ・ラオとは現地(ミヤンマーのワ州)で付けてもらった現地名、アイは「長男」で、ラオは「物語る」の意味、「物語る長男」としてアヘン村の人生を過ごしていた。

 佐野眞一さんの『阿片王』を読んでからアヘンのことを調べたくなったのだけど、アヘン関係の本って、大概は古くて高いんだよね。
「いやあまいったなあ」
と思っていたら、世の中広い。100円ですばらしい本に出会っちゃった。『アヘン王国潜入記』高野秀行著、ブックオフでなんと100円だった。

 アヘンはどうやって作るのか。どんな人が作っているのか。どんな理由で作るようになったのか。アヘンはどんな効果なのか。

 アヘンのゴールデン・トライアングルと言われるビルマの山岳地帯、ワ州(この名前からしてビックリだね、聞いたことがない)にすっぽりはまり込んで書かれた、日記兼滞在記のような本なのだ。

 これには、政治とアヘンという高調子ではなく、生活とアヘン、人とアヘンという手触りのあるつかみがあって、アヘンというまか奇怪なものが、まるで家の横に生えたキュウリの話しのようになんとも気持ちよく、わかりやすく伝わってくるんだなあ。

 で、まあ、種蒔きから収穫まで半年ほど、山岳地帯の集落に暮らすことになる。コトコトコト、朝はネズミに起こされて、
「アイ・ラオ、アイ・ラオ、ガハハーッ」
 夜になるとまとわりつく子供に、寝かしてもらえない。アイ・ラオをじーっと取り巻くように眺めている。時々、指で突く。
「つまり、ぼくはハムスターか」
とボヤキもでる。

 仕方なくポラロイド写真で村人を撮って回る。これが思わぬ人気となる。
 朝になると、並んで待っている。これが、それなりのよそ行きだったりするから面白い。
 ポラを2枚撮る。1枚は村人にあげて、1枚は名前を書いて手元に残す。
 顔と名前をおぼえたら、もうこころは
「トモダーチだ」
 まず、酒の席を探しズイズイと村の中に入っていく。するとすぐ
「アイ・ラオ、ブライコー」
 と酒をすすめてくれる。ブライコーとは現地の酒で、村にはなにかと酒席が生まれている(ことに気づく)。これ、これ得意と一挙に勢いずく。

 昼は女の人の仕事を手伝う。ケシ畑の手入れ。ところが女の人の半分もできない。情けない。
「アイ・ラオ、アイ・ラオ…」
 と女子にバカにされながらも頑張って作業を続ける。すると
「アイ・ラオ、これゴホウビだよ」
 と少しのアヘンをもらった。現地の人にはアヘンは現金と同じなので、
「子供に、お駄賃をあげたよ」
 と言う感じなのだろう。そうして、アヘンを嗜(たしな)むことになる。

 ところがとんだことになる、(日に日に高じてか)本人がヘロヘロのアヘン中毒になって、まるで体がシャントしない(ことになる)。ケシ畑の雑草を数本抜くと、それだけでもうドカンと疲れが出る。
 あれほど好きなブライコーが抜けない。
「こりゃあ、まあ、いかん」
と日本に帰ることを決めた。
 そうしたら、世話役兼親友のアイ・スンが涙ながらにアイ・ラオにはじめの言葉、
「いくら吸ってもいいぞ。オレが許す。だから、また来い」
と言うのですね。いやあ、たまらんなあ。
 アヘンの友が、法を超えて「約束」をするのです。

 そこだけ取り出すとかなりきわどい感じもするのだけど、人というものの何かこうすごいオカシミを一気に感じさせるんだなあ。

 政治とか経済などというビッグなものが介在しないと、人というのは何ともオカシク、温いものだという、ぼくの人間好きの心をいたく刺激してたまりませんでしたね。

 つまりね「アヘンは妖怪のようなものではなく、政治とか経済が妖怪なんだな、きっと」と、まあ日頃の庶民性善説が、アヘンの紫煙のようにプカッーとオツムにたなびくのです。

 さーてと、泣き泣き帰り支度だ。
 村のみんなとお別れの宴会のために牛を買ったのだけど、こいつが性悪で放浪癖がある。だから安かったらしい。やっとどこからか帰ってきたら、なんと暴走をはじめた。ドドドーッ、やにはに地響き、人の声、
「アイ・ラオ、アイ・ラオ、危ないぞ、避けろー」
 真正面から牛が突っ込んでくる。咄嗟に土手に駆け上がると、牛は直進し、溝にはまる。ドッスーン。
 武器(のようなもの)を手にした村人が次々と溝に飛び込む。
 屠(ほふ)ろうとしたら逆に屠(ほふ)られそうになったりするあたりは、まさしくオカシクて腰が抜けそうになったね。

 アヘンの毒気を超えて行く、このおかしみ、青春らしさ。

 でね、この著者、早稲田の探検部出身だったんですね。

 古びた教育学部の半地下の窓に
「新人、来れ。探検部へ」
というマジックで書かれたはり紙が貼ってあった。
 その映像がアヘンの煙ではないがモヨモヨーンと浮かんできた。
 そうかこの潜入記は探検部の延長なんだ。だから、
「この本の文章は、青春のように書かれていて」
思わず身にしみて、泣けてくるのだと気づいたのでありました。
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