『893愚連隊』『狂った野獣』『極道の妻たち』シリーズなどを手がけた中島貞夫監督が20年ぶりの長編劇映画であり、この作品が遺作となった。「殺陣の魅力を存分に見てもらうこと」をコンセプトに制作された剣戟映画であり、ラスト30分の壮絶な死闘がみどころだ。
冒頭で「伊藤大輔監督の霊に捧ぐ」という献辞が出る。1926年に伊藤大輔監督が撮った『幕末剣史 長恨』という映画から着想されたとのことだ。幕末の京都。尊皇攘夷派の長州や薩摩脱藩志士たちと新撰組や見廻り組が抗争を繰り広げていた。長州を脱藩した清川多十郎(高良健吾)は居酒屋の用心棒をしながら、そんな世間の喧騒と距離を置いて、ミカンの絵などを描いたりしていた。家を捨て、故郷を捨て、世間を捨てて、激動の世と無関係に暮らしていた。居酒屋を切り盛りするおとよ(多部未華子)は多十郎に好意を寄せるも、多十郎はよそよそししい。「なぜ俺に構うのだ?」と虚無的な日々を送っている。そんなとき、見回り組が長州の脱藩浪人の多十郎のことを知り、新撰組に目にものを見せようと多十郎襲撃を企てる。兄を頼り京都へやって来る多十郎の腹違いの弟・数馬(木村了)を巻き込みながら、多十郎は見廻り組に追われることになる。
多十郎という男は、長州藩を脱藩した男でありながら、尊皇攘夷という政治的な信条はない。長州藩の志士たちから桂小五郎の警護を頼まれるも無関心。もらった金も飲んでしまう。ただ、幕末の時代の抗争に巻き込まれた剣術に強い男というだけだ。自分を頼ってきた弟の数馬は尊王攘夷の志があるようだが、目に傷を負った弟を助けるために多十郎は、自分を慕っていたおとよ(多部未華子)に頼る。だから物語としては劇的なものは何もない。抗争に巻き込まれて、弟を逃がすために時間稼ぎのように見廻り組と戦うだけだ。弟には「生きて、この世がどうなるか見定めよ。命令だ」と言うが、自分は世の中への関心は無い。おとよと生きようとする意思もない。最後に坊主に言われる。「俺はこの女のために死ねる」「お前はなんのために刀を振り回しているのだ?」と。多十郎は虚無の世界で生き、屍のように過ごしていた。しかし、逃げる間際になって初めておとよへの愛に気づいていった。遅すぎた愛。
最後に縄で囚われた瞬間、多十郎の叫びが遠くで逃げるおとよに届いたように、おとよが遠くを見やる場面がある。多十郎の叫びを感じとるようなおとよ。高良健吾の目つきがいい。ぽやっとしている多部未華子だが、店を荒らした男たちを追い払ってくれた多十郎の背中に抱きつく場面、酔って帰ってきた多十郎に水を浴びせかける場面、「死んでしまえ」と刀を抜いて多十郎を殺そうとする場面、男運の悪い女の一途さが伝わってくる。
多十郎はただただ街を走り回って逃げ、森を走り、竹林のなかで大勢の相手と一人で戦う。CGを使わず、役者の動きだけで表現する剣劇。ワイヤーを使った派手なアクションやアクロバティックなパーフォマンスもない。ひたすら地味に斬り合うだけの殺陣。昔から作られ続けてきた時代劇のシンプルなチャンバラ劇の最後と言える作品なのかもしれない。
2019年製作/93分/G/日本
配給:東映、よしもとクリエイティブ・エージェンシー
監督:中島貞夫
脚本:中島貞夫、谷慶子
監督補佐:熊切和嘉 谷慶子
製作:藤原寛
エグゼクティブプロデューサー:片岡秀介
チーフプロデューサー:古賀俊輔
プロデューサー:新野安行、谷垣和歌子
撮影:朝倉義人
美術:松宮敏之
照明:山中秋男
録音:田代博司
殺陣:清家三彦
編集:米田武朗
音楽:栗山和樹
主題歌:中孝介
キャスト:高良健吾、多部未華子、木村了、三島ゆり子、栗塚旭、山本千尋、永瀬正敏、寺島進
写真引用(C)「多十郎殉愛記」製作委員会
☆☆☆3
ログインしてコメントを確認・投稿する