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2025年07月23日21:13

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「獣人」ジャン・ルノワール〜機関車が疾走し、愛が行き詰まる〜

女性を衝動的に殺したくなる精神障害を抱えている男ジャック・ランチェ(ジャン・ギャバン)は、蒸気機関車の機関士だ。最初に原作者エミール・ゾラの「大酒飲みによる遺伝的素因が血を毒に変え、自分で制御できぬ凶悪な行動に駆り立てる」という説明が字幕で表示される。冒頭は機関車の走行シーンが長く描写される。カメラを車輪や機関車に設置した迫力ある映像や、疾走する運動感。石炭の煤で顔を真っ黒してジャックと咥えタバコの相棒ペキュー(ジュリアン・カレット)はジェスチャーだけで指示し合う息の合った仕事ぶり。ジャックは機関車に「リゾン」という名前までつけている。まさに機関車と一心同体のようだ。この映画での機関車は、まるで人間のどうにもならない欲望や衝動そのものであるかのように思える。ジャックが踏切の見張りをしている養母の元を訪れ、故郷の恋人に会いに行くシーンがある。機関車が走る鉄橋の下の川辺に裸足の足をつけている女がいて、見ていた男たちをイヤらしいと川に突き飛ばす。そんな勝ち気で魅力的な女性にジャックは久しぶりに会いに来た。発作が出るのが怖かったらしい。そして線路際で女を強引に押さえつけキスをした後、いきなり首を絞めようとする。その瞬間、すぐそばを機関車が走り抜け、ジャックは衝動を思い止まる。機関車がここでは男の衝動を思い止まらせた。しかし、結局はジャックは機関車の上から飛び降りて自ら死を迎えるまでが描かれる。機関車とともに生き、ともに死んでいった物語だ。ジャックは女に自分は獣になるような障害を抱えていて結婚できないことを告げる。

一方、ル・アーブル駅の駅長ルボー(フェルナン・ルドー)は、乗客の苦情を聞き、規則違反で犬を連れて個室に乗った大金持ちを諫め、仕事に実直な男として描かれる。妻のセヴリーヌ(シモーヌ・シモン)に5分だけでもキスをしに帰るような愛妻家であり、猫を胸に抱くセヴリーヌもいかにも駅長夫人といった感じだ。そんな幸福そうな夫婦が殺人を企てる。セヴリーヌの養父である大富豪グランモランは幼い頃からセヴリーヌと性的関係を持っていたことを知り、怒ったルボーは妻を殴り、列車の個室にグランモランを呼び寄せる手紙を妻に書かせ殺害することを計画、セヴリーヌを自分と離れられない共犯者にするのだ。その列車に偶然乗り合わせたジャックは、煙が目に入り廊下に出ていたため、ルボー夫妻がグランモランの個室に出入りしたことを目撃する。そしてナイフで殺されたグランモランの警察の取り調べが始まるが、ジャックは何も見なかったと言うだけだ。セヴリーヌとジャックの視線の交差があり、セヴリーヌから何かを感じたのだ。結局、前科のあるグランモランに恨みを持つ別の乗客が犯人にされてしまう。

セヴリーヌは余計なことを喋らないようにジャックに近づく。そしてジャックはセヴリーヌに惹かれていき、二人は次第に恋愛関係になっていく。一方、ルボーは妻に愛されていないことを感じ、賭け事などで生活が荒んでいく。そして、殺したグランモランの隠していた財布から金を抜きとって使うようになる。愛し合うようになった二人は遠い場所に逃げることを相談するが、夫のルボーはどこまでも追いかけて来る、夫に死んでもらうしかないとセヴリーヌはジャックに言うのだ。しかし、ジャックは夜の線路でルボーを鉄棒で殴りつけようとするが、妻の愛を失って呆然と歩くルボーを殺害できない。

ダンスパーティーの夜、セヴリーヌに好意を寄せるドベルニュという男とセヴリーヌは踊っている。ジャックはセヴリーヌに近づき一緒に踊るが、「私たちの将来はないわ。ずっと辛い生活が続き、いつかルボーに殺される。それよりも穏やかな暮らしがしたい」とドベルニュと踊った理由を語り、先に帰ってしまう。彼女の家に行って、夫のルノーを今度こそ殺そうとピストルを持ち出すジャックだったが、突然殺人衝動が起き、愛するセヴリーヌの首を絞めて殺してしまうのだ。夜の線路を夜通し歩き、翌日の機関士の仕事に戻ってきたジャックだったが、相棒ペキューに罪を告白し、機関車から飛び降りてしまうのだった。

鉄道や列車を舞台に多くの殺人事件やサスペンスが映画では描かれてきたが、1938年のこの作品はもっとも初期のものだろう。機関車のように突き進む運命、自分の欲望や衝動に打ち勝てなかった男の物語。ファム・ファタールとも言うべきシモーヌ・シモンに男は誘惑され、翻弄されたのだろうか。結婚することなど出来ないと自らを戒めていたはずの男が、愛に溺れ、女と幸せに生きる夢を見たという話だ。

蒸気機関車の機関士という労働者である男が、私服ではいつもジャケットにネクタイというシャレた着こなしのジャン・ギャバン。ややギャップがあり過ぎないか。さらに精神的な持病を抱えている設定が、途中の恋愛状態の時はまったく忘れられ、禁酒していたはずのワインまで飲もうとしている。そして最後になってその病が皮肉にも発動する。衝動的な殺人という障害の設定が効果的な物語になっているとは思えない。それでも見応えはたっぷりあるサスペンス・メロドラマだ。

1938年製作/103分/フランス
原題または英題:La Bête humaine
配給:東宝

監督:ジャン・ルノワール
原作:エミール・ゾラ
製作:レイモン・アキム、ロベール・アキム
撮影:クルト・クーラント
美術:ユージン・ローリー
音楽:ジョセフ・コスマ
編集:スザンヌ・ド・トロイ、マルグリット・ルノワール
衣裳:ロール・ルーリー
キャスト:ジャン・ギャバン、シモーヌ・シモン、フェルナン・ルドー、ブランシェット・ブリュノワ、ジェラール・ランドリ、ジュリアン・カレット
☆☆☆☆4
コピーライト 1938 STUDIOCANAL
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