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2025年06月23日20:53

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「秋日和」小津安二郎〜反復される小津演出・母と娘の別れ〜

小津映画で以前に見たけれど、レビューを書いていないものを中心に見直している。小津のカラー作品4作目。『秋日和』は『浮草』(1959)の翌年に撮った作品で、このあと『小早川家の秋』(1961)、『秋刀魚の味』(1962)を撮って小津は生涯を終えている。

これは父と一人娘を嫁にやる父娘関係を描いた『晩春』や『秋刀魚の味』と相似形の未亡人の母(原節子)と娘(司葉子)の母娘の親子物語である。『晩春』や『秋刀魚の味』で父(笠智衆)の妻が亡くなって不在であったために一人娘が嫁になかなか行かなかったように、この『秋日和』も同じ構図なのだ。三輪秋子(原節子)は主人を6年前に亡くしている未亡人である。その不在の父の影を背負って、一人娘のアヤ子(司葉子)はなかなかお嫁に行く気にならない。設定が同じなのだ。なぜだか小津映画にあって、家族の親子関係の親密度は高く、娘たちは家を出て結婚したがらない。それも父や母の伴侶が死んで不在となっているため、親を一人っきりにさせて「自分ひとりだけが嫁には行けない」という娘の心理からなのである。『晩春』は父と娘の近親相姦的な危うい関係にも見えたが、こちらは母と娘の仲良き姉妹のような母娘関係である。原節子は司葉子と一緒にご飯を食べに行くと、「アヤちゃん(司葉子)がお嫁に行ったら、こうして二人で過ごすことも出来なくなるわね」と何度も繰り返す。そのたびに娘の司葉子は「まだお嫁に行かないから」と反復して返すのであった。

「母と二人きりのままでしばらくいたい」と考えていた司葉子だったが、亡くなった父の友人である佐分利信から、同じ友人の北龍二を母(原節子)の再婚相手にする縁談話が進んでいると言われると、「けがわらしい。不潔よ。」などと反発する。まるで『晩春』での笠智衆の一人娘の原節子と同じようなことを言うのだ。「まだ父が死んで6年しかたっていないのに・・・」と、亡くなった父のことが忘れられず、母の再婚相手を受け入れられない。そこで司葉子の同僚の岡田茉莉子が、「母は母、自分は自分」、それぞれを独立した一人の女性として考えるべきだと現代的な考えを司葉子に諭すのだ。結局、母の原節子は娘(司葉子)を結婚させるために、再婚をほのめかすのだが、結局は一人でいることを決める。これも、『晩春』の笠智衆と同じなのだ。亡くなった原節子は、夫の死者の呪縛から解けないとも言える。

小津映画で度々登場する悪友3人組がこの映画でも重要な登場人物になっている。原節子の夫の七回忌の法事から始まり、娘の結婚式で終わるこの映画、法事や結婚式という家族や友人たちが集る儀式的な「場」こそが、小津映画のいつもの主要な舞台である。だから、原節子と司葉子は喪服姿で始まり、最後は結婚式の黒留め袖の着物と花嫁衣装だ。最初に悪友の中村伸郎と北龍二が話していると、遅れてきた亡き夫の兄の笠智衆が喪服で現れて法事が始まる。さらに遅れてやって来る3人目の悪友が佐分利信である。中村伸郎と佐分利信の2人は、学生時代に薬局屋の娘の原節子に夢中になり、用も無いのに膏薬や風邪薬を買いに行った昔話をする。結局は亡き親友の三輪の嫁になった原節子だが、未亡人となった今でも美しいと酒の飲みながら話をする。そして「あんな美人のカミサンをもらうと早死にするのかね」と言いながら、料亭の女将さん(高橋とよ)の亭主は長生きだろうとからかって笑うのもいつもの悪友3人組の会話だ。この用も無いのに薬を買った男たちの話は、それぞれの奥さん、中村伸郎の妻の三宅邦子、佐分利信の妻の沢村貞子によっても夫の冷やかしのネタとして反復される。「いつまでも秋子さん(原節子)が好きなんでしょう」という妻たちからの冷やかしだ。

この映画は悪友3人組が、娘の司葉子の縁談話を進めようとするも、司葉子が嫁に行きたがらないのは、母親の原節子が未亡人だからだということになり、原節子の再婚相手を先に決めようと相談する。そして悪友で妻を亡くした北龍二はどうだ?となる。最初、「親友の奥さんと再婚だなんて」と消極的だった北龍二だが、息子(三上真一郎)からも賛成され、その気になる。急に元気になり、すぐに結婚したくなる北龍二が可笑しいのだが、結局はダシにされただけで、北龍二の夢のような恋は実らない。司葉子は佐分利信の会社の部下の佐田啓二と結婚することになるという話だ。

印象的なシーンは、同僚の司葉子と岡田茉莉子が同じ同僚が結婚で東京駅から旅立って行く列車を、会社のビルの屋上から二人で手を振る場面がある。同僚は「列車の窓から花束を振る」と言いながら、結局その姿を確認できず、二人はガッカリする。「みんな離れていっちゃうのよ」と司葉子が言うと、「だったら結婚なんてつまんない。やっぱり男もそうだろうか。私たちの友情ってものが結婚までのつなぎだったら、とっても寂しいじゃない? つまんないよ。ふん、バカにしてらぁ」と岡田茉莉子が言って、二人がビルの屋上の手すりに手をかけて同じ仕草をするのだ。いつもの小津が得意とする相似形のシンクロする動作である。屋上の向こうには2つのアドバルーンが上がっていて、二人が歩いてくるのと同じように背後で並んでいる。

また、バーで悪友3人組が会うところでも相似形のシンクロ反復動作がある。中村伸郎は原節子に再婚の意志があるかと聞きに行った報告をバーのカウンターで佐分利信にするのだが、亡き親友ののろけ話を聞かされただけで帰ってきたというシーン。再婚相手として自分のことを聞いてもらったと、期待に胸を膨らませて遅れてやって来た北龍二に、二人は原節子からもらったパイプを手に、鼻をかいたりする同じ動作をシンクロさせる。そして「急いじゃいかん」と同じセリフを繰り返すのだった。

娘の結婚前に母と娘が最後の旅行をするのも『晩春』と同じだ。布団を並べて、親子がしみじみ話す。原節子は「やっぱり一人でいるわ」と結婚しないことを娘に告げ、「亡くなったお父さんと二人で生きていくわ」と言うのだ。

あらゆる場面が、これまでの小津映画の繰り返しに思えるほど同じだ。『晩春』で娘だった原節子は、今度は母になり、未亡人として一人娘の司葉子を嫁に送り出す。その寂しさと幸せ、そして孤独を一人噛みしめるのだ。それを表現しているのが、アパートの部屋で一人で布団を敷き、岡田茉莉子が様子を見にやって来た後、一人寝支度を調え、壁には黒留め袖の着物がかかっている。『秋刀魚の味』の笠智衆の娘を嫁にやった夜の孤独にもつながるラストシーンだ。

そしてこの『秋日和』が他の小津映画との違いを特徴付けているのが、初期の小津映画の常連の岡田時彦の娘、岡田茉莉子の存在だろう。司葉子の親友役として登場する岡田茉莉子は、みんなで山登りに行ったとき男友達たちの中に入って麻雀をするような快活で明るい性格だ。そしてなんと言ってもこの映画の悪友3人組をとっちめる場面があるのだ。原節子の縁談話が決まっていないのに、司葉子に佐分利信が母の再婚話を語り、司葉子は混乱する。その相談に乗った岡田茉莉子がオヤジ3人に「どうして静かな池に石を放り込むようなことをなさるんですか!」とすごい剣幕で迫るのだ。さらに、北龍二が原節子の再婚相手になることを何度も確認し、「君は一生、三輪の小母様を愛せるか」と北龍二に迫り、北竜二は「あぁ、愛せるよ」と何度も答えさせるのだ。さらに実家の寿司屋に連れてきたので、「どんどん注文して、ちゃんとお勘定、払って帰ってね」とチャッカリ確認するのだ。この現代風なドライ娘を岡田茉莉子が快活に演じているのが、他の小津映画の女優たちと違って際立っている。だからこの映画は、常連の小津組に入った岡田茉莉子の個性が生きた映画とも言えるのだ。


1960年製作/128分/日本
配給:松竹

監督:小津安二郎
脚色:野田高梧、小津安二郎
原作:里見とん
製作:山内静夫
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
音楽:斎藤高順
録音:妹尾芳三郎
照明:石渡健蔵
編集:浜村義康
キャスト:原節子、司葉子、佐分利信、中村伸郎、北龍二、岡田茉莉子、佐田啓二、沢村貞子、三宅邦子、笠智衆、桑野みゆき、島津雅彦、田代百合子、設楽幸嗣、三上真一郎、竹田法一、桜むつ子、南美江、十朱久雄、渡辺文雄、高橋とよ、長谷部朋香、千之赫子、須賀不二男、川村禾門、菅原通済、岩下志麻、山本多美
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画像(C)1960松竹株式会社
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