レオス・カラックスのゴダール風の映像詩である。「パリの現代美術館ポンピドゥー・センターからの委任で構想するも、予算が膨らみすぎたため実現しなかった展覧会の代わりとして制作。「いま君はどこにいる?」というポンピドゥー・センターからの問いかけを根源的に捉え直し、自分がどこから来てどこへ行くのかという答えのない謎に、地の底から響くような低い声で口ごもりながら語る。」(映画.comより)
レオス・カラックスがこの映画を作っている間に、ジャン=リュック・ゴダール監督が死んで、ウクライナで戦争が始まった。哲学者ベルクソンが提唱した「エラン・ヴィタル(生の飛躍、生命の躍動)」について。「ホームビデオから映画、音楽、写真とさまざまなジャンル、フォーマットの映像を夢の断片のようにコラージュしながら自身のポートレイトをプライベートにダイレクトに描く。」(公式HPより)。
踊る、走る。身体的な運動。『アネット』でも人形が出てきたが、最後に人形が走るシーンが感動的だ。走って、走って、ジャンプする。走って、走って、ジャンプ・・・。デヴィッド・ボウイの名曲「モダンラブ」とともに人形が走る。その繰り返しになぜか心が揺り動かされる。それはまさに『汚れた血』のドニ・ラヴァンの疾走だった。
まばたきが必要だとカラックスは言う。「この世に美はまばたきを求めている」。様々なデジタル映像で溢れている現代は、まばたきが出来ない状態なのかもしれない。まばたきをすることで、夢を見る。美を想像する。
2024年製作/42分/G/フランス
原題または英題:C'est pas moi
配給:ユーロスペース
監督:レオス・カラックス
製作:シャルル・ジリベール、レオス・カラックス
脚本:レオス・カラックス
撮影:カロリーヌ・シャンプティエ
美術:フロリアン・サンソン
衣装:パスカリーヌ・シャバンヌ
キャスト:ドニ・ラバン、カテリーナ・ウスピナ、ナースチャ・ゴルベワ・カラックス、ロレタ・ユオカイテ、アンナ=イザベル・シーフケン、ペトル・アネフスキー、ビアンカ・マッダルーノ、ジュリエット・ビノシュ、ミシェル・ピコリ、ジャン=フランソワ・バルメール、ギョーム・ドパルデュー、カテリーナ・ゴルベワ
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