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2026年10月06日00:07

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「鬼軍曹ザック」サミュエル・フラー〜終わらない戦争の地獄の虚無感〜

サミュエル・フラー作品をもう1本続けて見た。朝鮮戦争を舞台にした戦争モノである。「この物語に終わりはない」と最後に字幕が出る。戦争そのもののニヒリズム、虚無的ともいえる戦場の厳しい現実が描かれている。英雄も勝利の達成感もなく、国のために戦う使命感もない。ただただ先の見えない霧のような閉ざされた世界の中で、敵(北朝鮮軍)に囲まれ、疑心暗鬼の中で恐怖と戦う兵士たちの物語だ。『最前線物語』(1980)でもそうだったが、生と死のギリギリのせめぎ合いの中での人間たちが描かれている。サミュエル・フラー自身が第二次大戦に実際に従軍し、最前線で生き延びた兵士であることから、戦争描写には理不尽な過酷さや生々しさがある。まさに「映画とは、戦場のようなものだ」とフラーが語った「戦場そのもの」の映画だ。

ヘルメットのアップから始まるこの映画。ヘルメットで生き延びたザック軍曹(ジーン・エバンス)。穴の開いたザックのヘルメットは幸運のヘルメットだった。この映画に特徴的なのが、韓国人の少年が出てくることである。戦場の兵士たちは白人だけではなく、日系人、黒人の衛生兵も登場する。捕虜になる北朝鮮の兵士までちゃんと描かれてるのだ。上官と兵士たちの縦型規律社会ではなく、ザック軍曹らの生き残った者たちとドリスコル中尉(スティーヴ・ブロディ)率いる敗残兵たち。価値観も考え方もバラバラな兵士たちが出てくるのだ。捕虜になった北朝鮮兵士が黒人の衛生兵に言う。「戦争だから、白人と飯が食える。それも気を遣いながら。切符を買ったって、黒人はバスの後ろにしか座れない」。それなのに白人と一緒に従軍しているのが分からないと言う。「そのとおり。百年前は、バスにも乗れなかった。座れるだけマシだ」と黒人兵は答える。そんな黒人兵を北朝鮮兵士は「あんたはバカだ」と理解できない。アジア人と黒人の被差別民族同士の会話もまた、生々しい。

分隊全滅で一人取り残されたザックは戦災孤児の韓国人と出会い、森の中で戦線を後退。敗残兵の一団と合流し、その指揮を取る。韓国人少年は、北朝鮮人のゲリラ兵の死体から銃や弾薬を盗み、霧の森の中では敵の姿さえよく見えない中で、銃弾が飛び交う。死んで頭がない兵士の死体の認識票を確認しようとする中尉に対して、ザック軍曹は「死体は死体だ。気にすることはない」と冷たく言い放つ。生きるか死ぬかの地獄を見てきたザックの言葉である。

中盤以降は、古寺をアジトとして立て籠もる。韓国少年が祈る巨大な仏像が印象的に描かれ、兵士たちを見下ろしている。携帯オルガンを持っている兵士がいて「蛍の光」を弾くと、韓国少年が歌い出す。「蛍の光」のメロディが韓国の国歌だったことを示すエピソードだ。少年は、軍曹のために祈りの文字を描く。そして、古寺に潜んでいた敵の兵士に仲間を殺され、彼を捕虜としつつ、北朝鮮の狙撃兵が迫り、一人また一人と殺されていく……。撃たれた韓国の少年は、背中に「ザック軍曹が僕を好きになりますように」と祈りの言葉を書いていた。「くだらん」とバカにした北朝鮮兵士の捕虜を怒りに駆られて撃ってしまうザック。古寺は北朝鮮軍に包囲され、破壊されていく。激しい銃撃戦の中で、精神が壊れていくザック。次々と死んでいく米兵たち。巨大仏像の前に死者たちが横たわる。それでも敵は撤退して、古寺の基地を死守した兵士は、「勲章はもらえるが、それより腹が減った」、「埋葬は食ってからだ」と呟く。中尉とのヘルメットの交換を断ったザックだったが、死んで埋められた少年のヘルメットと穴の開いた自分のヘルメットを交換して、ザック軍曹は援軍と合流して終わる。

「ここ(戦場)には、二種類の人間がいる。すでに死んだ者か、これから死ぬ者だ」というザック軍曹が尊敬する大佐の過酷な言葉が、戦争という現実を如実に表している。


1950年製作/アメリカ
原題または英題:Steel Helmet
配給:東宝

監督・脚本・製作:サミュエル・フラー
撮影:アーネスト・ミラー
音楽:ポール・ダンラップ
キャスト:ジーン・エバンス、ロバート・ハットン、スティーブ・ブロディ、ジェームズ・エドワーズ、リチャード・ルー、シド・メルトン
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