「スクリューボール・コメディ」と言われる「ロマンチック・コメディ」の言い方がある。Wikiによると、「1930年代初頭から1940年代にかけてハリウッドでさかんに作られたコメディ映画のサブジャンル。常識にとらわれない登場人物、テンポのよい洒落た会話、つぎつぎに事件が起きる波乱にとんだ物語などを主な特徴とする。「スクリューボール」は当時のクリケットや野球の用語で「スピンがかかりどこでオチるか予測がつかないボール」を指し、転じて突飛な行動をとる登場人物が出てくる映画をこう呼ぶようになった」と解説がある。蓮實重彦は、『ショットとは何か 歴史編』「スクリューボールまたは禁止と奨励」という章の中で、このジャンル映画について論じている。ハリウッドの倫理規定「ヘイズ・コード」で「正式に結婚した男女であろうと、パジャマ姿で同じベッドの上に横たわるシーンをスクリーンに描くことは禁じていた」という禁止条項への闘争形態そのものが、「禁止と禁止の廃棄との奇妙に屈折した関係をある種の政治性をもって描き出している」と論じ、「「独特で風変わりな」Screwballという形容詞は、定義されるべきジャンルというより、こうした闘争の形態にこそふさわしいものだ」と結論付けている。まぁ、規制があるからこそ、その規制をかいくぐるための知恵を重ね、男女の結ばれそうで結ばれない奇妙な妨害や振る舞いを描きつつ、そこに規制以上のエロティックな愛をも描きえたということだろう。
さて本作もそんな「ロマンチック・コメディ」、「スクリューボール・コメディ」の傑作である。物語は簡単に言うと、美しい詐欺師バーバラ・スタンウィックが、金持ちで世間知らずのお坊ちゃまヘンリー・フォンダを騙そうと近づいたのに、恋に落ちてしまい、結婚を夢見るが、詐欺師の正体がバレて彼は彼女の前からいなくなってしまう。侮辱されたことに怒ったバーバラ・スタンウィックは、別の名前「レディ・イヴ」としてイギリスから来た令嬢に成りすまし、再びヘンリー・フォンダの前に現れる。最初に船で出会った詐欺師の女と似ているなと思いながらも、彼女の「生き別れた妹」だという嘘を信じ、二人は結婚する。そして新婚旅行先に向かう列車の中で、「イヴ」は自分の過去を告白し始め、多くのボーイフレンドや恋人の名前を次々と口にし、ウブで純真な彼を傷つける。結婚した妻に嫌気が差したヘンリー・フォンダは列車から飛び降りる。バーバラ・スタンウィックの父親も詐欺師であり、巨額の和解金をもらって離婚を成立させようとするが、バーバラ・スタンウィックは和解金はいらないから直接会って話がしたいと言う。しかし、彼から会うことを拒否されてしまう。最初に出会った船に再び彼が乗るということを聞きつけて、詐欺師の女としてバーバラ・スタンウィックは彼との再会を果たす。再び彼女に会えて喜んだヘンリー・フォンダは、大喜びで彼女にキスをして船室に入っていく。扉を閉めながら、ヘンリー・ファンダは自分は結婚していることを告白する。「私もなのよ、ダーリン」とバーバラ・スタンウィックが答えて、ハッピーエンドという話である。
最後のセリフがシャレている。真面目で純真なヘンリー・フォンダは最後まで二人が同一人物だったことに気づいていない。「君は彼女に本当によく似ている」と言い、結婚した「イヴ」とは違う女性だと思ってキスをしているのだ。簡単に騙されてしまうウブな御曹司とそんな彼を愛してしまう美しい詐欺師の女。最初の出会いが、バーバラ・スタンウィックが歩いてくるヘンリー・フォンダの足を引っかけて転倒させるもので、それは最後でも反復される。また「レディ・イヴ」と出会った時も、彼女に似ているとの驚きのあまり転倒を繰り返すヘンリー・フォンダが描かれ、列車から飛び降りた時も転んで泥だらけになる。まさに喜劇的な間抜けな転倒男である。彼の研究対象であった蛇が彼女を震え上がらせ、「レディ・イヴ」への彼の求愛を邪魔する馬も笑いのアクセントになっている。そしてなんといっても、バーバラ・スタンウィックのキュートな美しさがこの映画の魅力である。ビリー・ワイルダーの『深夜の告白』(1944)で、ファム・ファタール悪女を演じたバーバラ・スタンウィックとは全く別の顔を見せている。頭の回転が良くて、明るく愛嬌のある可愛らしさが全開である。
新婚旅行の初夜の夜汽車のベッドで二人は一緒にならず、ふしだらな女を演じたバーバラ・スタンウィックは彼を列車から降ろしてしまう。成立しなかった新婚初夜は、最後に結婚しているはずの二人が、結婚していていないカップルであるかのようにして部屋に入っていくという奇妙な転倒、ねじれが演じられる。それがなんとも笑えるのだ。そして最初に彼を騙そうとバーバラ・スタンウィックは、ヘンリー・フォンダに脚を触らせて靴を履かせ、顔と顔をキスする寸前の距離まで接近させ、頬に頬を擦りあてて誘惑する。この場面のなんとエロチックなことか。性的な描写が禁じられているからこそ、脚を触らせたり、キスをしそうでしない近接や頬の接触を過激に描いている。ウブで純真な彼でなくても、バーバラ・スタンウィックにあんなことされたら、誰もがいっぺんで参ってしまうだろう。
1941年製作/アメリカ
原題または英題:The Lady Eve
配給:プレノンアッシュ
監督・脚本:プレストン・スタージェス
原作:モンクトン・ホフ
製作:ポール・ジョーンズ
撮影:ビクター・ミルナー
美術:ハンス・ドライアー
音楽:ジグムンド・クラムゴールド
録音:ハリー・リンド、レン ドン・ジョンソン
編集:スチュアート・ギルモア
衣装デザイン:エディス・ヘッド
キャスト:バーバラ・スタンウィック、ヘンリー・フォンダ、チャールズ・コバーン、ユージン・パレット、ウィリアム・デマレスト、.エリック・ブロア
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