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2026年08月15日22:20

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「その女を殺せ」リチャード・フライシャー〜限定された列車内の空間でのサスペンス〜

映画のほとんどの場面が列車の中というリチャード・フライシャーのB級映画のフィルム・ノワールの傑作『その女を殺せ』をようやく見ることができた。全く無駄のない71分。リチャード・フライシャーという監督の実力をハッキリと実感できる素晴らしい作品だ。アルフレッド・ヒッチコックの『バルカン超特急』 (1938)というほぼ列車内を舞台とするサスペンスの傑作があったが、本作もそれに劣らず見事な作劇だ。

殺されたシカゴ・マフィアのボスの妻、ニール夫人(マリー・ウィンザー)が、ロサンジェルスで行われる大陪審に証人として立つことになった。ニール夫人をシカゴからロサンジェルスまで警護して連れてくる任務にロサンジェルス警察のウォルター・ブラウン刑事(チャールズ・マグロー)があたる。映画はブラウン刑事がシカゴの駅に降り立ち、相棒のフォーブス刑事と車で護衛するマフィアのボスの妻、ニール夫人を車で迎えに行くところから始まる。まだ見ぬマフィアのボスの妻を「どんな女だ?」と問うフォーブスに対して、「安っぽい」、「派手で毒々しいサービス料理みたいな女だ」とブラウンはボスの妻を予想する。そして5ドルを賭ける二人。ニール夫人に会うと、やっぱり・・・とばかりに「俺の勝ちだ」と賭けの勝利を宣言するブラウン。しかし、このニール夫人についてのやり取りが、後半の展開に生きてくる。演じるマリー・ウィンザーは、いかにもマフィアのボスの女という風情で、刑事に生意気な口をきく。女のネックレスが外れて廊下に落ちた珠、2階から1階へ、影で顔の見えない殺し屋の足元に珠が転がる。フォーブスが階段を下りながら葉巻に火をつける。扉を開ける音と同時に拳銃が火を噴き、フォーブスが撃たれる。落下するアクセサリーと光と影を使った階段の殺しのシーン。そして洗濯物をかき分け追いかけるブラウン。塀を乗り越え車で逃げる顔の見えない殺し屋。ニール夫人に証言してもらいたくない者たちが彼女の命を狙っているのだ。年上の相棒を亡くしたブラウンの失意とともに見事な導入部になっている。

ブラウン刑事は、ニール夫人とともにロサンジェルス行きの列車に乗り込むが、彼女の命を狙っている連中も乗ってくる。ブラウン刑事は、知恵を働かせてニール夫人の個室がわからないように工夫をする。ギャングたちと駆け引きをしているなかで、彼はアン・シンクレア(ジャクリーン・ホワイト)という女性と知り合う。食堂車でシンクレアが酒をこぼして知り合うやり取りは、いかにもな演出だが、実はこのシンクレアこそが本物のボスの妻、ニール夫人だったことが後半に明らかになる。いかにもギャングのボスという感じの女は実は囮の警官で、子連れの貴婦人でどう見てもギャングのボスの妻には見えない女がニール夫人だったというドンデン返し。ブラウン刑事も騙されていたのだ。刑事も収賄に応じるかもしれないと疑われ調べられていた。そして刑事と一緒で狙われる女は囮で、目立たないように本物のニール夫人を移動させようとしていたのだ。

ブラウンは、マリー・ウィンザーを部屋に隠しつつ、シンクレア(ジャクリーン・ホワイト)がニール夫人だと殺し屋に誤解されそうだと分かると、シンクレアを殺し屋から守ろうと彼女に事情を説明しようとする。ところが、そうしている隙にマリー・ウィザーは殺し屋たちに居場所を突き止められ、殺されてしまうのだ。観客もマリー・ウィンザーがニール夫人だと思って見ているから、騙されてしまう。いつもレコードをかけて音楽を聴いているマリー・ウィンザーが個室で殺されるシーンもなかなかいい。彼女が収賄リストを取り出すふりをして、カバンから銃を手にする瞬間、鏡に映った殺し屋が銃で撃つ。倒れながら女がレコードプレイヤーに触るとレコードが回りだし、場違いな陽気な音楽が流れる。狭い空間ながら、鏡の演出やレコード音楽と編集で見ごたえのあるシーンになっている。

シンクレアの子供が「泥棒だ」としゃしゃり出てきたり、太った鉄道特別捜査官が列車の狭い通路を塞ぐ演出なども、面白いアクセントになっている。証言させたくない会社の男が、ブラウンに「大金を払うから、その金を殺された同僚の家族のために使え。だから女を見殺しにして収賄リストを見せろ」と買収の交渉してくる。ブラウンの気持ちが揺らいだり、マリー・ウィンザーからも「この列車は墓場行きよ。リストを見せて金をもらえ」と提案されて、逆に「俺は刑事だ。取引はしない」とブラウンが強く拒否したり、登場人物たちの心の揺れや駆け引きが面白い。

列車は当然ながらセットだろうが、光の明滅や移動する影など狭い列車内を見事に再現し、時折挟み込む実際の列車のロケ映像とうまく組み合わされ緊張感を持続させている。列車と並走して走る窓から見える謎の車が何度も映し出され、サスペンスを盛り上げる。シンクレアが殺し屋たちに捕まり、ブラウンが部屋に突入する場面も、窓ガラスの反射が使われていて面白い。

登場人物は狭い列車内ということで限定されており、途中から乗り込む殺し屋も加わるが、偽ニール夫人、謎の太った男、子連れの貴婦人とブラウン刑事との出会い、ほのかな彼の好意、ところがその貴婦人が本当のニール夫人だったというドンデン返しなど、それぞれの思惑が絡まりあい、刑事と殺し屋たちの睨み合いの駆け引きが客を飽きさせない。限定された空間と持続する限られた時間がサスペンスを盛り上げるお手本のような映画と言えるだろう。

本物のニール夫人は、すでに収賄リストを地方検事に送っており、殺し屋たちはありもしない収賄リストを必死で奪おうとしていたことになる。ブラウンは囮のニール夫人を護送するために必死に収賄の誘惑と戦っていたことになり、ありもしない偽の護送任務だったことになる。そのために相棒が死に、囮の偽ニール夫人である警官が死んだ。何もないものを追いかけ、ありもしない任務を遂行する。そんなバカげた空疎なものに必死になっていることが、面白い。途中の駅で降りた時にシンクレアがブラウンに言う。「まるで列車みたい。走行中は景色がぼやけて、止まった時に見える」。走行中は誰もが惑わされているが、止まった時にハッキリとわかる。人生は走行中の列車のようなものなのかもしれない。降りてみないと分からない・・・。


1952年製作/71分/アメリカ
原題または英題:The Narrow Margin
配給:RKO・ピクチャーズ

監督:リチャード・フライシャー
脚本:アール・フェルトン
原作:ジャック・レオナルド、 マーティン・M・ゴールドスミス
製作:スタンリー・ルービン
撮影:ジョージ・E・ディスカント
編集:ロバート・スウィンク
キャスト:チャールズ・マックグロー、マリー・ウィンザー、ジャクリーン・ホワイト、ゴードン・ゲバート、クィーニー・レナード、デヴィッド・クラーク
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