1934年のイギリス時代のヒッチコックのサスペンス映画。『暗殺者の家』というタイトルが付けられ、原題は「The Man Who Knew Too Much」。同じ原題のタイトルでヒッチコックが22年後の1956年、ハリウッドでセルフリメイクした作品の邦題が『知りすぎていた男』だ。2作続けて見たので、比較しながらレビューを書いてみた。
ともに音楽と殺人をシンクロさせている特徴的な作品だ。オーケストラで一番盛り上がったシンバルを打ち鳴らす瞬間に劇場で暗殺を企て、まわりに気づかれないように要人を殺すという場面が見どころだ。暗殺、音楽、スパイ、ダイイングメッセージ、子供の誘拐とサスペンス仕立て満載のヒッチコック映画だ。当然、セルフリメイクした『知りすぎていた男』の方が、より演出的に盛り上げているし、有名なドリス・デイが歌う『ケ・セラ・セラ』の歌が効果的に使われるており、ヒッチコック得意の「転落」も出てくる。
『暗殺者の家』の最初の場面設定は、スイスのサンモリッツのスキー場のジャンプ台。ジャンプ競技の最中に女の子が抱いていた子犬が観客席から飛び出し、それを追いかけた少女と着地したジャンプ選手が交錯しそうになる。合成映像て変な感じだが、その選手ルイ (ピエール・フレネー)という男と少女は知り合い。娘ベティと一緒にスイスに遊びに来たボブ(レスリー・バンクス)とジル(エドナ・ベスト)のローレンス夫妻はルイと親しくしていた。そして妻のジルはクレー射撃の選手で、戦う相手はラモン(フランク・ヴォスパー)という後に暗殺者となる男。ジルの射撃の腕前が、最後に屋根の上に逃げた娘を救うことになるのだ。暗殺組織のボス(ピーター・ローレ)もジャンプ競技の会場で、ローレンス夫妻と最初に出くわす場面もある。ルイがサンモリッツを発つ最後の夜のダンスパーティーで、ルイとジルはダンスをしている。それを見ていた夫のボブはやきもちを妬いてイタズラに、ルイの服の後ろのボタンに、ジルがルイにプレゼントする編みかけの編み物の糸を結びつける。ルイがダンスしながら動く度に、編み目がほどけて糸が伸びてみんなの踊りの邪魔になる。そんな無声映画の喜劇的な場面の直後に、暗殺事件が起きる。ルイが何者かに暗殺されるのだ。ルイは英国のスパイで、死ぬ間際に部屋のブラシに隠したメモの存在を明かす。そして、国際的な暗殺組織の要人暗殺計画を知ってしまったローレンス夫妻。その秘密を漏らさないように組織から脅され、娘を誘拐さてしまうのだ。まさに巻き込まれサスペンスであり、秘密を知ってしまったために娘が誘拐され、警察にも英国領事館にも暗殺計画のことを言えず、夫婦たち自らの力で娘を救おうとするのだ。
一方、カラー映画の『知りすぎていた男』の最初の舞台はモロッコのマラケシュ。冬の銀世界から熱帯の砂漠へ。そして誘拐されるのは、夫婦の娘ではなく、7歳の息子ハンク。夫はアメリカの医者ベン・マッケナ(ジェームズ・スチュアート)で、妻はブロードウェイのミュージカル・スターだったジョー夫人(ドリス・デイ)。妻と息子はホテルで「ケ・セラ・セラ」を一緒に歌う場面がある。ドリス・デイの歌声がまず披露される。この映画は、なんといってもこの「ケ・セラ・セラ」の歌が印象的でよく覚えている。夫婦は旅先でスパイが殺される事件に巻き込まれて、要人暗殺計画の秘密を知ってしまい、その秘密をばらさないように脅迫され、子供が誘拐されるのは同じなのだ。しかし、リメイク版のスパイのルイ(ダニエル・ジェラン)は、わざとマッケナ夫妻に近づき夫婦の動向を探ろうとしていた。暗殺組織のドレイトン夫妻と間違って接近したのだ。この暗殺組織のドレイトン夫妻は、マッケナ夫妻に近づき、助けるフリをして息子を誘拐する。ジョー夫人は、わざと声をかけてきたルイに不審を抱き、ジロジロと見られたドレイトン夫妻にも不審を抱くのだ。しかし、ドレイトン夫人は自分がミュージカル・スターだったことから関心を抱き、声をかけてきたと知り、信用してしまうのだ。そんな怪しげな見知らぬ者たちとの関わりが、マラケシュという異国の地で始まるのが、リメイク版の面白いところだ。このドレイトン夫人を演じるブレンダ・デ・バンジーが印象深い。ヒッチコックは、見るからに怪しげな人物を登場させるのが上手い。ルイと夫妻が酒を部屋で飲んでいたところにやって来た男(暗殺者)も怪しげだし、マッケイ夫妻をロンドンの空港で出迎える分厚い眼鏡の女も怪しげだ。
『暗殺者の家』は、歯医者で暗殺組織の男たちが接触するのを夫のボブが探りに行って、麻酔で失神しそうになって、逆に歯医者の男を失神させて、白衣を着て歯医者に成り代わるところが面白い。そして暗殺組織のアジトが、太陽信仰の怪しげなカルト教団の教会で、催眠術をかけられて仲間が眠らされたりする。この教団の女性がまた怪しげな存在だ。賛美歌を歌いながらこっそりと会話をするのは、リメイク版でも繰り返されている。組織のボス役のピーター・ローレも、髪の一部を染めていて怪しさ全開だ。教会に閉じ込められたボブが、鐘を鳴らすロープにつかまり昇りながら、鐘を鳴らす場面もヒッチコックらしい。教会の鐘楼まで昇るのだ。ロイヤル・アルバート・ホールでのコンサート最中にヨーロッパの国家元首を暗殺することを知った妻のジルは、会場でクレー射撃の名手ラモン(ラモン・レヴィン)と会い、彼から娘が持っていたブローチを渡される。コンサートが盛り上がっていく中で、会場でラモンがいる2階席のカーテンの奥からライフルの銃身が現われる。狙っているのは国家元首だ。シンバルが鳴り、ラモンが撃つ瞬間にジルが会場で叫び、弾はわずかに逸れる。暗殺は未遂に終わる。最後は、カルト教会のアジトを警察が取り囲んで激しい銃撃戦が展開される。犯人たちの隙を見て、娘のベティを屋根の上に逃がしたボブ。ラモンが追いかけてきて、屋根に登るベティとラモン。警官たちがベティに弾が当たりそうで射撃出来ないでいると、クレー射撃の名手のジルがライフルでラモンを撃ち殺し、ラモンは屋根から落下する。最後は夫婦が無事な娘と再会できてハッピーエンド。
一方、『知りすぎていた男』のリメイク版は、ロンドンにミュージカル・スターのジョー夫人がやって来たことで、友人たちがホテルに訪ねてくる。息子が誘拐されて行方を捜している緊急事態に、ジョーとの再会を喜ぶ友人たちの暢気な会話。緊迫感のサスペンスの中に、喜劇的な要素を入れるヒッチコックのギャップ演出が見事。そしてジェ−ムズ・スチュアートは、死んだルイの最後の言葉、「アンブローズ・チャペル」という名前の男を電話帳で捜し出し訪ねて行くのだが、剥製工場でどうも話が通じない。その工場の中に入るまでも、通路の空間の目線の映像を入れながらサスペンスを盛り上げている。剥製たちは、『サイコ』(1960)のアンソニー・パーキンスの鳥の剥製の部屋を思い出す。ホテルに来ていた友人たちのサジェスチョンで、人の名前ではなく「アンブローズ教会」だと分かったドリス・デイがその場所に向かう。レンガ作りの教会の閉鎖的な外観が不気味だ。賛美歌の歌声が聞こえ、夫婦で入っていくと、あの息子を連れ去ったドレイトン夫妻がいた。警察にこの教会を取り囲むように連絡に行ったドリス・デイだったが、連絡をくれと言っていた刑事はコンサート会場へ国家元首の警護に行っていた。それでコンサート会場に駆けつけたドリス・デイ。同じように演奏の盛り上がりの最高潮のシンバルを叩く瞬間に、ドリス・デイが叫んで暗殺をかすり傷の未遂に終わらせる。ここでもカーテンの陰から銃身が覗く演出は同じだ。会場に駆けつけたジェームズ・スチュアートが暗殺者を取り押さえようとした瞬間、2階席から男は落下する。ヒッチコック得意の転落死である。さらに、リメイク版では、息子のハンクが大使館に連れて行かれるのだ。国家元首の暗殺計画の黒幕は、某国の権力争いによるものだった。大使館は治外法権で警察も踏み込めない。国家元首を救った女性ということで、夫婦は大使館に入り込み、ハンクがいるであろう大使館のパーティーで、ドリス・デイはピアノを弾きながら大声で「ケ・セラ・セラ」を歌うのだ。息子に届くように。ママの歌声だと分かったハンクが、指笛を吹いて自分の存在を知らせ、ジェ−ムズ・スチュアートに救い出される。この「ケ・セラ・セラ』の歌の場面が感動的だ。そこにまた子供を殺すように命じられたドレイトンが現われ、ピストルの銃身が子供に突きつけられる。まわりの者たち気づかれないようにドレイトンはポケットに拳銃を仕舞い、3人で階段を降りてくる。一瞬の隙を狙ってジェームス・スチュアートがドレイトンを突き落とし、階段をグルグルと回りながら転げ落ちる。親子3人が再会してハッピーエンド。部屋で待ちくたびれていた友人たちに、息子を迎えに行ってきたと言って映画は終わる。悪役のドレイトン夫妻だが、ドレイトン夫人が最後にハンクを殺させないように、指笛を吹かせるなど救う手助けをする心の変化も面白い。
コンサート会場の2階席からの落下、階段での転倒など、ヒッチコックは高さと階段を効果的に使う。そしてカーテンの陰から現われる銃身。さらに『暗殺者の家』では、髭剃りブラシの中に隠されたメモや、母が娘にプレゼントしたブローチなどの小道具も効果的に使われている。ダンスパーティーでほどけていく編み物の糸や、事件のことをまったく知らないホテルの部屋に集まる友人たちなど、サスペンスの中に入れる喜劇的な要素もヒッチコック演出の巧みな技である。
1934年製作/76分/イギリス
原題または英題:The Man Who Knew Too Much
監督:アルフレッド・ヒッチコック
製作:マイケル・バルコン
原作:チャールズ・ベネット、D・B・ウィンダム・ルイス
撮影:クルト・クーラン
音楽:アーサー・ベンジャミン
美術:アルフレート・ユンゲ
キャスト:レスリー・バンクス、ピーター・ローレ、エドナ・ベスト、ノバ・ピルブーム、 ピエール・フレネー、フランク・ヴォスパー
☆☆☆3
1956年製作/アメリカ
原題または英題:The Man Who Knew Too Much
配給:パラマウント映画
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ、アンガス・マクファイル
原作:チャールズ・ベネット、D・B・ウィンダム・ルイス
撮影:ロバート・バークス
音楽:バーナード・ハーマン
キャスト:ジェームズ・スチュワート、ドリス・デイ、ブレンダ・デ・バンジー、バーナード・マイルズ、ラルフ・トルーマン、ダニエル・ジェラン、アラン・モーブレイ、ヒラリー・ブルック
☆☆☆☆4
写真引用

1955 Samuel Taylor and Patricia Hitchcock O’Connell, as Co-Trustees. Copyright Renewed. All Rights Reserved.
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