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2026年06月27日13:02

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「トニー滝谷」市川準〜空っぽの部屋で影を感じて〜

この映画は公開時に観て好きだった映画なので、今回4Kリマスター版公開ということで、再び観た。市川準の映像センスと静かで澄んだ空気感がなんともいいのだ。西島秀俊による「語り」中心に展開する淡々とした映画だ。会話はとても少ない。村上春樹の短編『トニー滝谷』(『レキシントンの幽霊』所収)の世界観をそのままに再現したような作品。

イッセー尾形が父親の省三郎と主人公のトニー滝谷の二役を演じ、宮沢りえがトニー滝谷の妻と、彼女と同じ体型の妻とそっくりな女の子の二役を演じている。主演二人がダブルで二役を演じており、とても少数の登場人物で描かれる閉じられた空間の映画だ。

トロンボーン奏者の息子として生まれたトニー滝谷は、生後すぐに母親を亡くし、孤独を抱えたまま成長する。米軍の友人も多かった父・省三郎から、トニーという奇妙な名前を付けられた。省三郎は、戦争中は上海のナイトクラブでミュージシャンとして暮らし、敗戦後、戦時中の交友関係が問題となり、中国の刑務所に入れられ処刑されそうだった。いつ処刑されるかもしれない牢獄で、何日も過ごした。その死と隣り合わせた孤独な牢獄の部屋と似たような体験を、のちに息子のトニー滝谷もすることになる。死を感じるだけの空っぽの部屋。そう、この映画は、死の気配を抱きしめながら、空っぽの部屋で空っぽの心を抱えながら過ごす孤独な男の物語なのである。

トニーという奇妙な名前もあって、トニー滝谷は孤独で一人でいることが当たり前の少年時代を過ごした。緻密な絵を描くのが好きだったこともあって、デザイン会社のイラストレーターになったが、孤独な生活は続けていた。ところがある日、洋服を美しく着こなす特別な女性と出会う。宮沢りえが本当に美しい。丘の上にある会社に坂の下から現れる宮沢りえを望遠レンズで捉えたショットは、ワクワクする。「私は贅沢な女なんです。洋服が好きで、素敵な洋服を見ると買わずにはいられなくなるんです」と言う。そんな彼女に結婚を申し込み、トニー滝谷の孤独な生活が終わった。

美しい妻との幸せな暮らしが始まったが、ただ一つ気がかりだったのは、彼女の買い物衝動が異常だったことだ。次から次へとブランド物の服や靴を買い漁り、彼女のために用意した衣裳部屋はいっぱいになっていく。あるとき、「もう少し買うのを控えたらどうだろう」とトニー滝谷が言うと、「こんなに服が必要ないのは私もわかっているんです」と妻は答え、自宅に籠り、美しい服を見ないようにして何日か過ごした。妻も夫を愛していたし、夫の言うことはもっともだと思ったのだ。それでも妻は我慢の限界がきて、また買ってしまう。それを反省して、その買った服を店に返却したのだが、今度はその返却した服のことが頭から離れない。そして彼女は交通事故を起こして死んでしまうのだ。

愛する妻を失って、衣裳部屋に残された夥しい数の服と靴たち。持ち主が不在のモノたち。しかも、そのどれもが美しくエレガントなのだ。トニー滝谷は、妻の死を受け入れるために、妻と同じ体型の女性を公募し、妻の服を着てアシスタントとして働いてくれる女性を雇う。やって来たのが、妻そっくりの女性だ。同じ宮沢りえが演じている。髪型を変え、妻とは違うカジュアルな雰囲気を出して登場する。そして彼女はトニー滝谷の妻の衣裳部屋に入って、自分にピッタリの美しい服たちに驚く。そして突然、泣き出してしまう。「なぜ泣いているのか?」とトニー滝谷が問うても、「わかりません。これまでこんなに沢山の綺麗な服を見たことがないので、それで混乱しちゃったんです」と女は答える。トニー滝谷は、残された服が「妻の影」のように見えた、と語る。

「影」というテーマは村上春樹のお馴染みで得意なテーマである。影=分身。自分と離れられないもう一人の存在。『街とその不確かな壁』では、影を失った主人公が「壁に囲まれた街」というもう一つの異世界を彷徨う物語だった。この映画の愛する妻が残していった服と靴たちは、「妻の影」のようなモノたちなのだ。そして、そのモノたちが呼び寄せるのが、まさしく妻の分身のような女性だった。トニー滝谷は、結局、その女性を雇うことをやめてしまい、服や靴も売り払って空っぽの部屋にする。空っぽの部屋でぼんやりするトニー滝谷。床に座ってじっと壁を見て、「死者の影の、そのまた影」を感じていた。しかし、次第にその記憶も薄らいでいく。残ったのは、欠落感だけだった。そして、妻とそっくりの女がその部屋で泣いた嗚咽だけが蘇ってくる。

数年後、父の省三郎も死んで、彼のコレクションである大量の古いレコードが残された。トニー滝谷はそれらを預かるが、それも売り払ってしまう。父親の古いレコードもまた、「父の影」なのだった。トニー滝谷は、ほんとうにひとりぼっちになってしまった。

カメラが左から右へゆっくりと移動しながら、時間が移り変わり、同じ動きの中で変化していく描写。望遠レンズを多用したボケ感のある映像。丘の上の高台にある家や仕事場。坂を上って誰かがやってきて、街を見下ろしながら過ごす日々の暮らし。そして空っぽの部屋だけが彼に残される。世間や街の人々と交わることのない孤独な空間。その孤独が愛おしくもあり、寂しく哀しくもある。死と孤独についてのエッセイみたいな映画だ。


2004年製作/75分/日本
配給:アンプラグド

監督・脚本:市川準
原作:村上春樹
製作:橋本直樹、米澤桂子
プロデューサー:石田基紀
撮影:広川泰士
照明:中須岳士
録音:橋本泰夫
美術:市田喜一
編集:三條知生
音楽:坂本龍一
ナレーション:西島秀俊
キャスト:イッセー尾形、宮沢りえ、篠原孝文、四方堂亘、水木薫、草野徹、小山田サユリ、山本浩司、塩谷恵子、猫田直、山崎彩央、塩山みさこ、田中靖夫、ケネス・エマーソン・フランクル、三原佳子、木野花
☆☆☆☆4
写真引用(C)CONTENTS POTENTIAL Inc.
4 10

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