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2026年06月11日16:35

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「砂丘」ミケランジェロ・アントニオーニ〜寓意的な物質文明の崩壊の幻想〜

ミケランジェロ・アントニオーニの映画作品は『情事』、『太陽はひとりぼっち』、『夜』、『赤い砂漠』など好きなのだが、本作はあまりに直接的なメッセージ映像が描かれていて、あまり面白くない。以前にも観た記憶があるのだが、最後の爆発イメージと砂丘の男女しか覚えていなかった。イタリアの巨匠ミケランジェロ・アントニオーニが、1970年にアメリカに渡って手がけた作品。ロサンゼルスとデスバレー(死の谷)を舞台に、一組の男女が繰り広げる愛の心象風景を描いた。2026年に、30年ぶりとなるリバイバル公開されたので劇場で観た。

多くのヨーロッパに映画監督たちが、アメリカをテーマに映画を作った。ヴィム・ヴェンダースは、『都会のアリス』(1974)、『パリ・テキサス』(1984)や『アメリカの友人』(1977)で、アメリカを舞台にし、アメリカ映画から多くの影響を受けたことを描いているし、ジャン=リュック・ゴダールにも『メイド・イン・USA』(1966)があるし、反物質文明的な『ウィークエンド』(1967)のような作品もある。そもそもヌーヴェル・ヴァーグ自体もアメリカのフィルム・ノワールヘの再評価から始まった。世界の多くの映画監督たちがアメリカ映画から影響を受け、ハリウッドや高度資本主義社会のアメリカそのものに愛憎のようなものを抱いてきた。

1960年代は政治の季節であり、世界中で学園紛争が嵐が吹き荒れた。この映画もロサンゼルスの学園闘争の集会の場面から始まる。そんな学生たちの不毛な議論に嫌気がさしたマークは、拳銃を手に学内で弾圧行為に及ぶ警官隊にひとり立ち向かう。しかし、発砲のチャンスを逸して逃走。そしてなんと、飛行場でセスナを奪い、大空へと飛び立つのだ。物語のリアリティはあまりなく、寓話的である。一方、L.A.の不動産会社で秘書として働くダリアは、会議に参加するため車で広大な砂漠を横断していた。空から砂漠を走るダリアの車に低空飛行で挑発するマーク。さながら、アルフレッド・ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』(1959)でケリー・グラントに襲いかかるセスナ機のように。そして二人は不毛の地、『死の谷』にある〈ザブリスキー・ポイント〉に辿り着く。

広大な砂漠の何もない風景の中で、砂だらけの裸になって戯れる二人。そして、二人だけだったはずの砂漠には、いつしか何組もの男女が戯れているイメージになる。巨大な資本主義物質文明とは対極にある砂漠。ベルナルド・ベルドリッチの『シェリタリング・スカイ』という北アフリカの砂漠を舞台にした映画があったし、『パリ・テキサス』でハリー・ディーン・スタントンが記憶を無くして彷徨う荒野もまた同じような虚無があった。何もない虚無的な砂漠には、そんな都市と対極の空洞がある。原始的でシンプルで何もない空間だけが広がっている。

そして孤独な自由を求めて飛び立った青年のマークは、セスナを自由な絵に塗りたくって、再び都市へと戻っていく。自由やアートや遊びの象徴は、権力によって押し潰され、マークには死が待ち受けていた。そしてマークと別れたダリアは、父親が砂漠に立てた現代の巨大な石の建築物である豪華な別荘が爆破するイメージを抱く。粉々に砕け散る服やモノたち。夕陽とともに物資文明が崩壊する幻想。アメリカの巨大な看板も都市も建築も、すべてが破壊される幻想。何度も繰り返される爆発のイメージは、そんな反物質文明へのメッセージが込められている。それがなんだか、陳腐で興醒めだった。


1970年製作/113分/G/アメリカ
原題または英題:Zabriskie Point
配給:コピアポア・フィルム

監督:ミケランジェロ・アントニオーニ
製作:カルロ・ポンティ
製作総指揮:ハリソン・スター
脚本:ミケランジェロ・アントニオーニ、フレッド・ガードナー、サム・シェパード、トニーノ・グエッラ、クレア・ペプロー
撮影:アルフィオ・コンティーニ
美術:ディーン・タボウラリス
編集:フランコ・アルカッリ
音楽:ピンク・フロイド、ザ・ローリング・ストーンズ、ジェリー・ガルシア、ザ・グレイトフル・デッド、ザ・ヤングブラッズ、カレイドスコープ、ジョン・フェイヒー、ロスコー・ホルコム、パティ・ペイジ
キャスト:マーク・フレチェット、ダリア・ハルプリン、ロッド・テイラー
☆☆☆3
写真引用@2026 WBEI
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