ヒッチコック初期1930年のサスペンス映画。演劇的な作品であり、ミステリ小説および舞台が原作になっている。『恐喝(ゆすり)』に続くヒッチコック3作目のトーキー映画。巡業劇団の女優がある晩に殺された。同じ劇団仲間の女優ダイアナ・バーリング(ノラ・ベアリング)が現場に一緒にいて「何も覚えていない」と語り、容疑者として逮捕される。そして裁判で有罪となるが、陪審員の一人である劇作家兼俳優のサー・ジョン(ハーバート・マーシャル)が疑念を持ち、ダイアナの所属する劇団の舞台監督のテッド・マーカム(エドワード・チャップマン)とその妻ドゥーシー(フィリス・コンスタム)の協力を得て、事件を真相を解明していく。
寝静まった深夜の騒がしい音から始まる。近所でドンドンと扉を叩く音に何事かと起きて窓を開ける夫婦。劇団の舞台監督のマーカムとその妻ドゥシー。なぜかマーカムが入れ歯をコップから取り出す場面や壊れた窓、ドゥーシーが慌てて着替える場面など、物語とは直接関係ない変な描写が面白い。劇団の総監督ドルースが妻のエドナを探しに酔って扉を叩いている。この酔ったドルースも物語に直接関わってこない。そして部屋の中ではそのエドナが血だらけで倒れていた。そばには暖炉の火かき棒。そして呆然としている女優ダイアナ・バーリング。殺されたエドナをダイアナは嫌っていたとドルーズが言い、机の上のブランデーが空になっており、酔ってダイアナが火かき棒で殴り殺したと疑われた。ここで下宿のおばさんとドゥーシーが台所と隣の部屋でお茶入れる場面、カメラは長回しで部屋を行ったり来たりする二人をドーリー撮影で往復しながら捉えるシーンが面白い。ドゥーシーは椅子に立ったり座ったり、下宿のおばさんに話し続ける。
刑事が舞台袖で公演の最中に劇団員たちに事情聴取するシーンも面白い。被害者と容疑者の関係などを聞き込む刑事たちに劇団員たちは答えながら、「本番だ」と言って次々と舞台に出ていき中断。また別の俳優が戻って来る。質問の受け答えがいつも中途半端な感じになる。しかし、さり気なく「女装する役者」、「警官に扮装する役」など、事件の鍵となる人物や衣装を見せているのが上手い。
裁判で陪審員たちによる有罪か無罪かを議論する場面は、有名な『十二人の怒れる男』を思い出す。アメリカの陪審制度の密室での討論劇で、「法廷もの」の傑作であり、映画や舞台で数々の作品が作られてきた。この映画でも陪審員たちの議論が描かれる。ほとんどが有罪という意見で、最後に一人残った「無罪」と書いたサー・ジョンを陪審員みんなで問い詰める場面は、演劇のように口をそろえて台詞を言い、戯画的に同調の怖さを強調している。
下宿のおばさんの証言の「女性の声」は、女装して甲高い声で演じる男のものと判明し、現場近くで目撃された警官は二人いて、一人は舞台衣装の偽の警官であり、犯人が現場から逃げるときのものだった。女優二人だけの密室での殺人ではなく、第三者の侵入の可能性が浮上する。留置所で容疑者のダイアナとサー・ジョンが面会する場面も、長い机の右端と左端と離れて向かいあって座る演出も演劇的な誇張されたものだ。真犯人をサー・ジョンが舞台に出演させるためのオーディションとして呼びつけ、書きかけの戯曲の構想を語り、あの事件を再現させ、犯人を演じさせる。すべて演劇的な仕掛けてサスペンスを展開し、「演じること」で真相を暴いていく演出が面白い。
ラストは、サーカス小屋の女装の空中ブランコ芸人が、高い場所から転落するのかと思いきや、ロープに首を巻き付けて落下するのだ。死刑台は芸人のサーカス小屋の舞台だった。高い場所からの「転落」の恐怖は、ヒッチコックの得意パターンだ。黒人との混血だと知られることが殺人の動機になっているのが悲しい。女装の空中ブランコ芸人の哀しみが、容疑者と疑われた女優よりも印象に残る。留置所の壁に伸びる死刑台の影、空中ブランコのスポットライトの光と影、そして空中ブランコをする男の浮遊する顔のアップ映像や目線。犯人はサー・ジョンが作る演劇に協力する形で、事件の真相を手紙に書く。虚構と真実の重なり。事件そのものを映像によって再現して描くのではなく、まわりの証言の誤解や虚偽を暴き、演じることの嘘と本当を巧みに取り入れてサスペンスを描くヒッチコックの手腕はさすがだ。ただ、人物も多く、映像で説明して見せないために分かりづらいところもある。
1930年製作/イギリス
原題または英題:Murder!
配給:シネマ・キャッツ
監督:アルフレッド・ヒッチコック
脚本:アルマ・レビル
原作:クレメンス・デイン、ヘレン・シンプソン
製作:ジョン・マックスウェル
撮影:J・J・コックス
美術:J・F・ミード
音楽:ジョン・レインダース
編集:レネ・マリソン
キャスト:ハーバート・マーシャル、ノラ・ベアリング、エスメ・パーシイ、フィリス・コンスタム、エドワード・チャップマン
☆☆☆3
ログインしてコメントを確認・投稿する